約 1,893,778 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5268.html
前ページ次ページゼロの女帝 「で」 ワルドを退けた(泣きながら逃げていった)瀬戸は問い掛ける。 「ウェールズちゃんはこれからどうするのかしら」 「もちろん戦いますよ みっともなく、無様に。 必要とあらば忠臣さえも見捨て、時に誰彼構わず媚びへつらい、喉が乾けば泥水をすすり 蝿がたかる腐肉を野良犬と奪い合いながら『レコン・キスタ』と戦います。 それくらいせねば彼らにも悪いですから」 「彼らって、あの反逆者どものことですか?」 「そうだよ使者殿。 始祖より王権を与えられし王家には向かうというのは広義に始祖へ反逆するのに等しい。 そんなプレッシャーを跳ね除けて我々に戦いを挑んでいるんだ。 あっさり挫けるわけには行かないだろう?」 「クロムウェル閣下、敵地に潜入していたワルド卿がご帰還なされました」 「おお、よくもどった。 さっそくこちらに」 で、皆の視線の先にあったのは 「うっく ひっく えっぐ」 「ほらほら、いつまでも泣いてないでこっちきな」 「土くれのフーケ」ことマチルダ・サウスゴータに手を引かれて泣きじゃくるジャン・ジャク・フランシス・ド・ワルド子爵の姿でした。 「だって、あいつヒドいんだよ。 せっかくボクが正々堂々裏切っての不意打ちで簡単にしとめて上げようっていうのにさ」 「はいはい」 「あいつったらあろうことかボクが裏切ってるのを見抜いて、しかも杖予備にいたるまでニセモノとすりかえるなんてヒドいと思わない?」 「あーはいはい、とりあえずあんたのボスの前なんだからちったぁシャキっとしなよ。 あたしゃ足洗ってカタギになろうとしてたのを無理矢理参加させたんだからね。 もっときっちりしてくんないとあたしの立場ってモンが無くなるんだから」 もっとも退職金にセクハラの慰謝料まできっちり貰ったあげく「戻ってきたらまた雇ってもらう」との言質を取っている彼女でした。 「ふふっ 気に入ったわウェールズちゃん。 あたしの娘貰ってくれない?」 「残念ですがご遠慮しますよ。 おそらく半年後くらいに誰か、王党派貴族の息女を娶る、ってな感じになるでしょうね」 「なっ」 絶句するルイズ。 彼の言葉は瀬戸の全面支援の拒否とアンリエッタと添い遂げることの諦めという意味なのだから。 「使者殿」 ウェールズがルイズに語りかける。 「私は王家の人間だ。 平穏な時代ならともかく戦乱の世において「人として」幸せになる事など許されないのだよ」 「そうなのよルイズちゃん。 王家の人間とはよく言って王国と民を守るための使い捨ての道具に過ぎないわ。 使い捨てになりたくなければされないだけの力量を発揮しなければならない。 よく物語で「王家の姫(ないし王子)である前に人間だ」とかいう阿呆が出てくるけどあれは間違い。 王家に生まれると言う事はそれだけで幸せになる資格が無い、という事なのよ。 ぶっちゃけ王家に生まれた分際で『自分は人間だ』と主張するなど図々しいにも程があるの」 「でも・・・でも王家って・・・・・・王家なんだから・・・・・・」 「貴族の出であっても、それはあまり変わらないわよ。 それじゃ、ま、イッパツやるとしましょっか。 少しくらいの手助けをお許しくださいな殿下」 「ふむ、それでその恐るべき女の為に使命を果たし得なかったという訳だね」 「申し開きもございません」 ようやく落ち着いたワルドの報告を聞いたクロムウェルは、彼を罰しようとしなかった。 「卿に出来なかったのなら何者にも出来まい。 今はゆっくり体を休めたまえ」 「ははっ ありがたきお言葉」 自分はひょっとしたら役者に向いているのかもしれぬ、とクロムウェルは思った。 内心の落胆と彼に対する侮蔑の意思を完璧に隠しとおせたのだから。 「で、どう思われますか」 「お気づきになられてましたか」 「いえ、ハッタリです。 多分貴女がそこにいるのではないか、とおもいましてな」 どう見ても人が隠れられない小さなカーテンの陰から一人の女性が姿をあらわす。 時に聖職者である自分すら姦淫の木の実をもぎ取りたくなる肉感的な女性。 彼を物心情報、ありとあらゆる状況と形で支援してくれる人物の『使い』を自称する存在である。 「で、いかが思われますか」 「そうですね、大変興味深いです。 主にご報告して対策をたてましょうか」 その言葉が終わらぬうちに振動が『レコン・キスタ』旗艦レキシントン号を大きく揺さぶる。 「何事だ!」 「王宮から謎の光弾が!」 「魔法か!」 「いえ、系統魔法のどれでもありません! あらゆる魔法防御が貫かれて!」 一弾がブリッジを貫き、クロムウェルの襟を焼き払う。 「な、なにが・・・・・」 茫然自失する彼に比べ「使者」たる女性は冷静に懐から遠眼鏡を取り出し、王宮を見やる。 それは、明らかにメイジではない一人の女性が放つ謎の光。 その輝きは次々と『レコン・キスタ』に所属する船を貫いていく。 「馬鹿な・・・・・・」 数発の光弾に貫かれた船が燃える事無く地へと落ちていく。 「あれほどの威力の弾を・・・・・何発・・・・・しかも連続で・・・・・・」 呪文を詠唱している様子も無い。 「いったいいくら距離があると思ってるんだ!」 また一発が、今度は彼女の右の襟を焼く。 「!」 遠眼鏡越しに、確かにあの女はこちらを見て微笑んだ。 はっと遠眼鏡から目を離した瞬間、光弾が遠眼鏡を貫く。 あのわずかな瞬間、確かに彼女は自分に語りかけていた。 (あんまりおいたが過ぎるとお仕置きしちゃうわよって ご主人様に伝えなさい) 前ページ次ページゼロの女帝
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1797.html
今頃、ウェールズ殿下は勇敢に戦い、そして死んでしまっているのだろう。 これから、アンリエッタ殿下は最愛の人を亡くし、好きでもない男のもとに嫁ぐのだ。 なんでこんなにも全てが上手くいかないんだろう。 ――――自分のことではないのに、とても泣きたくなった。 宵闇の使い魔 第拾陸話:それぞれの日常へ アルビオンからトリステインの王宮へと直行した一行。 マチルダ達を待合室に残し、虎蔵とルイズは謁見室へと通されていた。 自ら出迎えに来たアンリエッタにワルド不在の理由を説明していた為か、マザリーニも呼ばれている。 もっとも彼は事情を知らないため、明らかに平民である虎蔵が飄々と其処に立っている事が気に入らぬ様子だが。 「姫殿下、これは一体どのような―――そもそも何故平民がこのようなところに」 「枢機卿。申し訳ありませんが、まずは話を聞いたください」 アンリエッタが人払いを終えて戻ってくると、マザリーニは不機嫌さを隠そうともせずに口を開いた。 だが、アンリエッタに遮られると、渋々といった様子で頷く。 彼女はルイズをちらりと一瞥すると、マザリーニへの説明を始めた。 ウェールズと自らが恋仲であったこと。 彼の元に始祖ブリミルの名において永久の愛を誓った手紙があったこと。 その手紙の回収をこの二人に頼んだこと。 回収は成功したが、その途中で同行させたワルドの裏切りが発覚したこと。 マザリーニは話が進むたびに顔色を悪くしていったが、回収に成功のくだりで何とか持ち直した―― が、ワルドの裏切りという言葉を聞くと、目を見開いて「真逆――」と呻いた。 ワルドはトリステインでも有数の使い手として、マザリーニの信頼も厚かったのだ。 無理も無い。 しかし、彼がこの場に居らず、手紙が回収されているということは――― 「なんと―――」 「彼を同行させたのは失敗でした。私も、彼ならばと思っていたのですが―――油断でした。 ごめんなさいね、ルイズ―――辛い思いをさせました」 「いえ、それは私だけではありませんから―――これを」 ルイズはそういうと、アンリエッタの元へと進み出て、ウェールズから預かった《風のルビー》を手渡す。 アンリエッタはそれを見て悲しげな表情を浮かべた。 こればかりは、流石に隠しようも無い。 マザリーニも何も言わなかった。 「殿下は、最後まで勇敢に、戦いに向かわれました―――」 「そうですか―――ならば、私も逃げる訳にはいきませんね」 アンリエッタはまるでウェールズの鼓動を感じようとするかのように、《風のルビー》を胸に押し当てる。 そして、ウェールズと同じような表情を浮かべた。 ルイズは胸を痛める。 自分では、ウェールズどころかアンリエッタも救えないのだ、と。 自分は虎蔵や仲間に助けられているのに――― 「使い魔さん。いえ、トラゾウ――で宜しかったわね? 貴方もありがとう。ルイズを、私の大切な人を守ってくれて」 「いんや――ま、ちょっとした運動にはなったくらいだ」 虎蔵はそう言って肩を竦めてみせる。 それにマザリーニが激昂しそうになるが、アンリエッタが微かに笑いながら抑えた。 ルイズは相変わらずな様子の虎蔵に顔を赤くする。 「他の皆さんにも、アンリエッタが感謝していたとお伝えください。 公式な礼は出来ませんが、せめて言葉だけでも」 「―――はい」 「さぁ、今日はもうお帰りなさい、ルイズ。貴女は貴女の生活に戻るのです。後は―――私の仕事ですから」 ルイズは深々と頭を下げると、謁見室を辞する。 虎蔵ものんびりとそれに続いた。 彼女たちを見送ったアンリエッタは、受け取った《風のルビー》をそっと撫でて小声で呟く。 「ルイズ。私は―――何を賭しても、この国を守って見せます――― ねぇ、ウェールズ様。これで良いのですよね?」 戦が終わって二日後。 死体と瓦礫の入り混じる中を、奇妙な集団が歩いている。 一見すると聖職者のような格好をした男。 ビア樽めいた体躯を白いダブルのスーツで包み、黒丸サングラスにソフト帽という格好をした初老の男。 細い、ぴったりとした黒いコートを纏った女。 彼らは周囲で行われている財宝あさりには目もくれず、とある報告のあった場所を目指していた。 「まったく――簡単な任務だと言っておったのに――」 「ミスタ・クロムウェル。大丈夫ですヨ」 ぶつぶつと呟く聖職者風の男――《レコン・キスタ》総司令官、オリヴァー・クロムウェルに対して、初老の男が声をかける。 体躯のせいか、演技が入っているのか、動作の一つ一つがやたらとコミカルに見えた。 もっとも、誰一人笑みを浮かべないが。 「ミスタ・マー―――」 「我々はこういった事態の為に此処に居るのですかラ――心配はいりませんヨ。なぁ、ミス・シェフィールド」 「う、うむ―――それもそうだな」 マーと呼ばれた男の、ニィっとした妙に薄ら寒い笑みから視線をそらすクロムウェル。 一方、女――シェフィールドはこれといった反応を示さなかった。 不気味な二人組みである。 実のところ彼らはクロムウェルの部下ではない。 "とある筋"から派遣されたアドバイザーのようなものなのだ。 更に言えば本来、クロムウェルよりも遥かに上位の存在である。 とはいえ、周囲には《レコン・キスタ》の兵士も居るため威丈高に振舞っているのだ。 いや、振舞おうとしているというのが正しい。 彼の声は微妙に震え、彼らを前にして妙な緊張をしているのが見て取れる。 もっとも、周りの兵士達はそんなことに注目などしていないのだが――― クロムウェルは急ぎ気味で目的の場所へと足を向けた。 彼らの目的地であり、二日前まで礼拝堂であった場所は、見事に瓦礫の山になっている。 その中から引きずり出されたのであろう、激しく損傷したワルドの死体は地面に横たえられていた。 彼を探し出した兵士達が、クロムウェルに彼の所持品を差し出す。 クロムウェルはそれを受け取ると、兵士達をこの場から下がらせ、一人ワルドの所持品を検分し始めた。 万が一、手紙を手に入れていた場合を考えて強奪は禁止していたのだが――― 「やはり、無いか―――ふん、下らん」 「まぁ、待つヨロシ。見せてもらえるかネ?」 やはり、手紙は手に入れられなかったようだ。 クロムウェルは銀でできたロケットがついたペンダントを手にして中を見ると、詰まらなそうに顔を顰める。 それを投げ捨てようとしたのだが、マーがソレを止めた。 さほど高価には見えないそれに興味を示したマーに、首を傾げながらペンダントを差し出すクロムウェル。 マーは中身を見ると、くつくつと笑ってポケットにしまった。 「ミスタ・クロムウェル。彼を一時預かっても構わんかね?」 「は?いえ、構いませんが―――いったい、何を」 「なに、向こうにはジョーカーがアルのだ。我々も、エースくらいは必要だと思わんかねネ?」 「―――何をする気だ」 周りに《レコン・キスタ》の兵士が居ないためか、思わず素の口調になるクロムウェル。 ジョーカーの意味が解らない為だ。 ワルドを倒した何者かのことだろうか。 シェフィールドも怪訝そうな様子でマーを見た。 どうも、彼と彼女の間には明確な信頼関係というものは無いようである。 しかしマーは気にした様子も無くニィッと笑みを浮かべた。 「使えるものは死体でも使うということネ。貴方もさっきもやったことヨ?」 クロムウェルはマーの言葉を聞いて、はっと何かに気づいたように自らの指に嵌められた指輪を見た。 《アンドバリの指輪》 人の心を奪ったり、死者に偽りの命を与えたりと言った奇跡とも思える力を行使できるアイテムである。 これならば、ワルド子爵を蘇らせる事もできるであろう。 だがこの指輪、無限に使える訳ではないのだ。 人を生き返らせる為にはかなりの消耗を伴う。 既に側近達の前でウェールズを蘇らせている為、これ以上の消耗は避けておきたいのが正直な所であった。 「――し、しかし、ミスタ・マー。確かに彼は有能な方ではあったが、アレを使うというのは――」 「指輪は不要ネ。我々に任せておけば、大丈夫ヨ―――」 渋るクロムウェルに対して、マー――即ち、幽幻道士・馬呑吐は、まるで魂を抜かれるかのようないやらしい笑みを浮かべて見せた。 学院への帰還から暫くがたった。 あのアルビオンでの冒険からのルイズ達の日常はというと―――― ギーシュは、ほんの2,3日は何か凄い手柄を立てたと言う噂を聞きつけたクラスメイトに囲まれて居たが、詳しく話すことができないこともあって、あっという間にもとの生活に戻っていた。 モンモランシーに無断で数日も外出した事をしこたま怒られたりもしたようだが、結果最後には仲直りをするのだから、本当に何時も通りだった。 キュルケもまた、今までとそれほど変わらない毎日である。 キープしている男子達とそれなりに付き合いながらも、虎蔵にちょっかいを掛け続けている。 面倒事を嫌った虎蔵は殆ど相手にしていないが。 その為かどうかは解らないが、最近どんどんボーイフレンドが減っていっているらしい。 タバサは以前よりかなり虎蔵に近づくようになった。 虎蔵が暇そうにしているのを見ると、彼を広場の人気の無い方へとへ引っ張っていっては、実戦さながらの特訓をしているのだ。 虎蔵は面倒臭がっているのだが、毎回無言のまま見つめ続けられて、結局根負けして付き合っている。 マチルダはこれと言った用事がなくても、酒瓶を片手に虎蔵の所へやってくるようになった。 そのせいかどうかは解らないが、ルイズやキュルケとの仲はよろしくない。 もっとも、それで彼女の正体を暴露するような事はしないため、本気で嫌いあっているのとは違うようだが。 また、酒の調達先なのか、シエスタと話している所を見かけることも増えた。 虎蔵はティファニアの事を思い出して、意外と面倒見が良いタイプなのかもしれないな、などと感じていた。 そしてルイズは――― 「トラゾウ?」 「ん?なんだ、まだ起きてたのか―――」 夜遅く、マチルダやマルトーと酒を飲んで帰ってきたトラゾウに、ベッドから声が掛けられる。 小さく欠伸をしながら視線を向ければ、ルイズがちょこんとベッドの上に座っていた。 普段の生活リズムからすれば、確実に寝ている時間であったため、トラゾウは僅かに驚く。 「トラゾウ、ソファーで寝ると疲れが取れにくいって言ってたわよね?」 「あぁ、それが?」 街で適当に仕入れてきた寝巻きに着替えながら、ルイズに返事を返す。 召喚当初は着替えの手伝いすらさせようとした彼女だが、最近はシーツで作ったカーテンに隠れてやるようになった。 虎蔵が着替える時も自分からカーテンを閉めている。 虎蔵自身はたいして気にしてもいないのだが。 「こっちで寝て良いわよ」 「は?」 「だから、ソファーじゃなくてベッドを使って良いって言ってるの。私だけだと広すぎるもの」 確かに、ベッドは彼女の小さい身体には不釣合いに大きく、二人でも十分なサイズである。 なにが切欠でこんな事を言い出したのかは知らないが、虎蔵としては断る理由はなかった。 「さよけ。ならま、そうさせて貰うわ」 ごきごきと首を鳴らしながら、躊躇う様子も無くベッドに腰を下ろす虎蔵。 自分から招いた事ながら、思わず「――ッ」と緊張を露にしてしまうルイズに構うことなく、そのままばったりとベッドに横になった。 「ぬぅ―――柔らか過ぎて落ち着かんな」 「――嫌なら出なさいよ」 「いや、ソファーよりは良いからな」 落ち着かないなどと言っておきながら虎蔵はあっさりと寝てしまったのだが、ルイズの方は隣が妙に気になって眠れないで居た。 異性が隣で寝ている事には、意外なことにそれほど抵抗が無かった。 多分、虎蔵だからなのだろうが。 しかしその一方で、寝れないで居る原因が虎蔵であることも事実だ。 自分にとって彼はいったい何なのだろうか。 ただの使い魔? それともそれ以上の何か? ルイズは考えた。 考えに考えたが、解らなかった。 眠くなるまで考え続けたが、解らなかった。 だから彼女は、睡魔の総攻撃を受けて朦朧とする意識の中で、なんとなく虎蔵に寄り添ってみた。 アルコールと葉巻の匂いがする。 本当ならば好きではない筈の匂いなのに、それほど気にならなかった。 眠いからだろうか。 いつしかルイズは、虎蔵の片腕に頭を預けて、夢の世界へと落ちていった。 ―――あぁ、そうか。兄様が居たら、こんな感じなのかな―――
https://w.atwiki.jp/kenkyotsukaima/pages/47.html
謙虚な使い魔~アンドバリの呪縛~ アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。 フネの造船所や製鉄所が立ち並ぶロサイスは、元々は王立空軍の発令所でもあったが、今ではアルビオンを掌握したレコン・キスタの指令所となっている。 その赤レンガの大きな建物には、誇らしげにレコン・キスタの三色旗が翻っている。 そして、一際目立つのは、天を仰ぐばかりの巨艦であった。 全長二百メイルにも及ぶ元アルビオン空軍本国艦隊旗艦の『レキシントン』号は、これまた巨大な盤木にのせられ、改装工事が行われていた。 アルビオン皇帝のオリヴァー・クロムウェルは供のものを引き連れ、その工事の視察していた。 「なんとも大きく、頼もしい艦ではないか!このような艦を与えられたら、世界を自由にできるような、そんな気分にならんかね?艤装主任」 「…わが身には余りある光栄ですな」 気のない声でそう答えたのは、『レキシントン』の艤装主任に任じられた、サー・ヘンリー・ボーウッドであった。 彼は革命戦争の時、レコン・キスタ側の巡洋艦の艦長であった時の功績が認められ、『レキシントン』号の改装艤装主任を任される事になったのである。 そして、艤装主任はそのまま艦長へと就任するのが王立であった頃からのアルビオン空軍の伝統であった。 「見たまえ、あの新型大砲を!わたしの友人による設計でね、東方のロバ・アル・カリイエからやってきて、エルフから学んだ技術をもとに設計したこの長砲身の大砲は、なんと従来の戦列艦が装備するカノン砲のおおよそ一・五倍の射程距離を持つそうだ!」 興奮して語るクロムウェルに対してボーウッドはつまらなそうに頷く。 元々ボーウッドは心情的には、王党派であった。 しかし、軍人は政治に関与すべからずとの意思を強く持つ生粋の武人でもあったため、上官であった艦隊司令が反乱軍についたため、ボーウッドもまた仕方なくレコン・キスタ側として革命戦争に参加したのである。 軍人として、指揮系統の上位に存在するものの決定に黙って従っていたが、一個人としてクロムウェルは忌むべき王権の簒奪者としてしか見ていなかった。 「これで『ロイヤル・ソヴリン』号にかなう艦は、ハルケギニアのどこを探しても存在しないでしょうな」 ボーウッドは間違えた振りをして、艦の旧名を口にした。 クロムウェルはその皮肉に気付き微笑んだ。 「ミスタ・ボーウッド、アルビオンにはもう王権(ロイヤル・ソヴリン)は存在しないのだよ」 「そうでしたな。しかしながら、たかが結婚式の出席に新型の大砲をつんでいくとは、下品な示威行為と取られますぞ」 トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に、国賓として初代神聖アルビオン皇帝兼貴族議会議長のクロムウェルや、神聖アルビオン共和国(アルビオンの新しい国名)の閣僚は出席する。 その際の御召艦が、このレキシントン号であった。 「ああ、きみにはこの『親善訪問』の概要を説明していなかったな」 「概要と言いますと?」 また自分の知らぬ所で決められた策略か、とボーウッドは頭が痛くなった。 クロムウェルは、そっとボーウッドに二言、三言耳打ちした。 ボーウッドは顔色を変えた。 目に見えて、青ざめて、軽蔑のまなざしでクロムウェルを見た。 「馬鹿な!そのような王道から大きく外れた行為など!」 「これも軍事行動の一環だ。ミスタ・ボーウッド、きみならその事が理解していただけると思っているのだがね」 こともなげに、クロムウェルは呟いた。 「トリステインとは、不可侵条約を結んだばかりではありませんか!今まで自ら申し出た条約を破り捨てた国はどこにもない!このアルビオンが卑劣な条約破りの国として、ハルケギニア中に恥を振りまく事になりますぞ!」 激高したボーウッドが叫んだ。 「ミスタ・ボーウッド、それ以上の政治批判は許さぬ。これは議会で決定し、余が承認したものだ。余はきみが忠実なる軍人だとばかり思っていたが、いつからきみは政治家に転向したのかね?」 「しかし…」 「確かにいままでハルケギニアの歴史上に類を見ない事だろう。しかしだからこそ誰も成し得なかった事が達成できるとは思わないかね?ハルケギニアは我々レコン・キスタと言う旗の下一つにまとまるのだ。一時的な誹りなど、エルフどもの手より聖地を取り戻せば気にならんよ」 ボーウッドがクロムウェルに詰め寄った。 「条約破りがただの誹りですまされない!ハルケギニアが一つにまとまる前に、アルビオンは各国の敵とみなされるのは目に見えている!閣下は祖国を裏切るおつもりですか!」 クロムウェルの傍らに控えたワルドがボーウッドの喉元に杖を突きだして制した。 「艦長、改装作業にしては些か興奮しすぎのようだな」 ワルドはそう言うと帽子のつばを指で少しあげる。 「……ふん、国を裏切る事さえいとわぬ貴殿にはわからぬ事だな」 突きつけられた杖にも動じず、ボーウッドはワルドを睨み返す。 「大丈夫だ子爵、杖を下げたまえ。ミスタ・ボーウッド、きみは引き続き艤装作業を続けたまえ」 クロムウェルがそう促すと、ボーウッドは不服そうな顔をしながらも、艤装作業を確認するためにその場を去った。 「子爵、きみは竜騎兵隊隊長としてこのレキシントン号に乗りたまえ」 「目付け、というわけですか?」 「いや、そうではない。あの男はわかりやすいほどに頑固で融通がきかない人物ではあるが、それ故に裏切る事は絶対にしない。余は単純に、スクウェアメイジであるきみの能力を買っているだけだ、きみは飛竜に乗った事はあるかね?」 「いえ、ありませぬ。しかし、私が乗りこなせぬ幻獣はこのハルケギニアには存在しないと存じます」 「流石は子爵だ、何とも頼もしい。そうだ、子爵に会わせておきたい者がおってな。少し余の執務室まで来ていただけるかな?」 ワルドは恭しく頭を垂れる。 「是非とも」 そうしてワルドはクロムウェルに連れられて、レコン・キスタ司令所にあるクロムゥエルの執務室へとやってきた。 予め執務室に通されていたのか、二十代半ばぐらいの女性がソファーでクロムウェル達が現れるのを待っていたようだ。 細く、身体にぴったりとした黒いコートを身にまとい、ワルドが知る限りでは見た事のない、奇妙ななりだった。 マントも着けず、杖も見当たらないので、メイジではないのだろうか? 「おお、ミス・シェフィールド待たせたね。我々の『支援者』は元気だったかね?」 シェフィールドと呼ばれた女性は立ち上がり、冷たい目でワルドを眺めまわし、顔を一瞬しかめた。 そして何事も無かったかの様にクロムウェルに向き直る。 「以前変わりなく。クロムウェル様によろしく伝えて欲しい、との事です。ところでそちらの方は?」 「おお、そうであった。彼はワルド子爵、ハルケギニアでも有数のスクウェアクラスのメイジであり、我々の頼もしい同志だ。ワルド君、彼女が例の新型大砲の設計をした余の有能な秘書、ミス・シェフィールドだ」 ワルドは帽子を取り、シェフィールドに一礼する。 「ほう、遠くロバ・アル・カイリエで、エルフの技術を学んだ技師と聞いていたものだから、もっと厳つい人物を想像したが…」 ワルドはシェフィールドをじっと見つめる。 何度も確認するように、特に額を隠すように伸びた彼女の艶やかな髪を眺め回す。 「私の顔になにか?」 「失礼、以前どこかで会った様な気がしてな……ニューカッスルだったかな?」 シェフィールドは首を振る。 「ニューカッスルの時、私はとある『支援者』の下へ使いにでていたのだから、卿にお会いするのは本日が初めてだと思います」 そうか、と言ってワルドは首を傾げる。 クロムウェルが軽く笑う。 「子爵はさぞかし女性にもてるのだろうな、会った数々の女性の中にミス・シェフィールドに似た方でもいたのではないかね?」 「いえ、そういう訳では…」 「ところでミス・シェフィールド、我等の『支援者』から何か良い知らせはあったかね?」 「ええ、『親善訪問』作戦が行われる地がタルブと知り、地の利を活かせる水空両用艦を二隻、とそれに付随する降下隊を二隊、閣下のために送っていただけるそうです。クロムウェル様の皇帝就任祝いも兼ねてだそうです」 クロムウェルは満面の笑みになる。 「おお、それは素晴らしい!これでこの作戦の成功も確実なものとなるな!確か両用艦と言えばガリア王国の技術だったな。すると『支援者』はガリアの者かな?」 「クロムウェル様、例の約束をお忘れなきよう……」 シェフィールドが困った表情をする。 「おっと、すまない。『支援者』の素性は詮索しない、と言うのが約束であったな。しかし、我々と同じ志を持ちながら、名乗り上げる事ができない立場とは、難儀なものだな」 シェフィールドは視線でクロムウェルに合図して、そしてワルドの方へと視線を向ける。 クロムウェルはその様子を見て、シェフィールドの言いたい事を察した。 「ああ、すまぬ子爵。少し込み入った話をするのでな、少し席を外してくれるかね」 「御意」 ワルドは帽子を深く被り直し、一礼すると、クロムウェルの執務室を出た。 (あの女…確かに今まで会った事はない。だが、遠い昔どこかで見た事がある気がするこの感覚はなんだ?) ワルドの胸に何か詰まるような不快感が広がり、咄嗟に手で胸を抑える。 執務室から離れた廊下で立ち止まると、ワルドは壁に寄りかかり、呼吸を整え、目を瞑り、耳を澄ます。 風メイジ特有の空気の流れを読む聴覚をもって、離れた執務室に聞き耳を立てる。 執務室のドアに直接耳を当てたかの如く、クロムウェルとシェフィールドの会話がはっきりと聞こえてくる。 『クロムウェル様、先ほどの者の心は支配されていない様に見受けられましたが』 『ワルド子爵の事かね?せっかくの数少ないスクウェアメイジを、余がその心を支配してしまってはもったいないだろう。自分で物を考えられぬ木偶は、蘇らせた死者どもだけで十分だ』 『強力なメイジであるからこそ、その扱いには用心する必要があります』 『余も無条件で子爵を信用しているわけではない。彼がなぜ、魔法衛士隊隊長と言う座を捨ててまで、余に忠誠を誓うのかがまだ見えてこない。ボーウッドと違い、子爵はいつ裏切ってもおかしくないだろう。しかし、その忠誠が本物であれば、彼以上に頼もしい味方はいない』 『それを見極めるために、敢えて泳がせていると?』 『その通りだよ、ミス・シェフィールド。今度の『親善訪問』では子爵をミスタ・ボーウッドの監視下に置くつもりだ。子爵とは対極な性格をしたミスタ・ボーウッドなら、子爵の思惑に対して敏感に感じ取る事ができるだろう』 瞼を閉じたまま、ワルドは静かに鼻で笑う。 (まさか、こちらが目付けを付けられるとはな。所詮クロムウェルの言う『信頼』とは人を利用するためのものか) シェフィールドの事が気になり、聞き耳を立ててはみたが、なんて事はない、くだらない話しかないと思ったその時、 『もしそれで子爵が我々に害を成す者だとわかれば、ミス・シェフィールドより譲り受けたこの指輪で心を支配してしまえば良い』 ワルドの瞼はぴくりと動いた。 (指輪だと?) 『死者に偽りの生を与え、又人の心を操る事ができるそのマジックアイテムは、誰でも扱える代物。くれぐれも他の者に知られぬよう、お願いいたします』 『心配はいらぬよ、ミス・シェフィールド。未だに皆は余が虚無の担い手であると信じておる。まさか余がただの平民の司教であるとは夢にも思っておらんよ』 驚愕の事実を聞いてしまったワルドは執務室から遠く離れた廊下で目を見開いていた。 「ふっ……ははは!まさか『虚無』と呼んでいたものがただのマジックアイテムとは。心にない信仰を説く司教が、まさか虚無を語るペテン師でもあったとは、とんだ皮肉だ!」 ワルドの顔に不気味な笑みが浮かぶ。 「しかし、人の心を支配できるマジックアイテムか。もしそれが本当であれば、『虚無』の力に匹敵する事は間違いない。いや、うまく使えば『虚無』の担い手ごと操る事もできるだろう。何としてでもその指輪を手に入れねばならぬな……それがあれば、今度こそルイズを……」 その頃トリステイン魔法学院、 「ブロント?今何か言った?」 タルブの村から学院に戻ったルイズは、自室で大量に積み重なった本がそびえ立つ机に向かっていた。 キュルケ達と共に無断で授業を数日間サボってしまったため、遅れてしまった分の課題を山盛り与えられていたのだ。 それに加え、エルザがまとめ上げたと思われる、過去数百年の間に使われた詔集が一番上に乗せられていた。 「おいィ?お前らは今俺が何か言ったのを聞こえたか?」 ブロントは油布で丁寧にイージスを拭き、手入れしていた。 「聞こえておらぬのう」 イージスは数百年振りに武具としての手入れ受けて、気持ちよさそうな顔をしている。 「何か言ったのか?てか、相棒、イージスばっかりじゃなくてさ。俺様もやってくれ。潮風が身体にべた付いて気持ち悪ぃったらありゃしねえ」 壁に立てかけられデルフリンガーがうるさく鍔を鳴らして、ブロントの気を惹こうとする。 「そう?気のせいかしら……あー、それにしてもこの量、気が滅入るわ。詔も考えないといけないし」 課題の筆休めに、詔集のページを何枚かぺらぺらと捲り、目を通す。 「火に対する感謝、水に対する感謝、と各四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげるなんて、困ったわ。詩的なんて言われてもわたし詩人じゃないもの」 ルイズがうー、と唸りながら頭を抱えている横でデルフリンガーが何やら騒がしく喚く。 「やい、てめ、イージス。姉御の時はてめえが先だったから身を引いてやったがよ、今度の相棒は俺様が先だぜ?先輩の俺様を差し置いてチョーシに乗っているんじゃねぇぜ!」 「そちは相変わらず器が小さいのう。何が先や、後やと悩んでおると、いらぬ錆が増えるだけだと言うのに。そもそもブロントの事はそちより先に知っておるわ」 「あ?それは相棒と組む前にちらっと会っただけの話だろ?俺が言っているのは、お互いに命を預けあい、幾多の戦場を駆け巡るため、『相棒』として組んでからの話だ!」 イージスは溜め息を吐くような表情を作る。 「愚かな。無知故に、その様な瑣末な事で優位に立とうとするそちの姿、いつ見ても哀れじゃのう。すでに勝負はついておるのに」 「ああ?誰が『哀れ』だって?おい!イージスちょっと表へ出ろ!相棒!俺を…」 デルフリンガーが言い終わる前に、ルイズが立ち上がりデルフリンガーを鞘に押し込めた。 「うるさいうるさい!ったく!気が散るじゃない!剣の癖にやかましいのよ!」 ルイズは鼻息荒くデルフリンガーを紐で縛りあげ、鞘に固定した。 「もう、こいつの声を聞いていたら、詩的も何もないわ。ブロント、そこの『詔集 第一巻』を取って頂戴」 「これか?」 磨き終わったイージスを自分のベッドの上に置くと、ブロントは机の上からルイズが最近一番使っている本を取った。 「それは『始祖の祈祷書』、それじゃなくて、『詔集』と書いてある本よ」 ブロントは祈祷書を元の場所に戻すと、本の山を見つめた。 ルイズが次に良く広げている立派な装丁が施された本を取るとそれをルイズに差しだした。 「それは『不治の病と治癒のポーション』、ちゃんと題名書いてあるでしょ、ちゃんと見てから寄こしなさいよ」 ブロントは顔をしかめる。 「おまえもしかして文字が読めないと俺を馬鹿にしているんですか?」 「えっ?いや、馬鹿にしているわけじゃ…ってブロント、あんた字が読めないの?」 「俺がどうやって文盲だって証拠だよ言っとくけど俺は文盲じゃないから」 「そ、そこまで言ってないわよ」 不機嫌になり始めた自分の使い魔にルイズが狼狽する。 拗ねてしまったのか、ブロントは本を机に置いて、夢幻花の鉢植えの手入れを始めてしまった。 「そう言えば、ここはヴァナ・ディールとは違う言語体系だったのう。私もハルケギニアに初めて訪れた際は、暫し言葉に困ったわ。召喚されて数月も経たぬブロントではまだ字が読めぬのも無理ない故」 ベッドに置かれたイージスが天井を仰ぎながら、ルイズに語る。 「あれ?でも、ブロントは召喚された時からちゃんと話せていたわよ、ちょっと訛りが強いけど」 「セラーヌの時もそうであったが、召喚されし使い魔は、<サモン・ゲート>を潜り抜けた時、主人と問題無く意思の疎通を図れる様、言葉が通じる様になるそうじゃな。しかし、主人との会話にかかわらない文字の方までは<サモン・ゲート>の効力が及ばぬとは、都合が良いのか悪いのか判らぬ魔法じゃのう」 「そうだったの……詔集から幾つか詠みあげて貰おうと思ったのに……」 イージスの隣に座ったルイズはちらりとブロントの方を見ると、背中をルイズに向けて甲斐甲斐しく夢幻花の世話をしていた。 が、時々手を止めてはルイズとイージスの会話に耳を傾けている様だった。 「私はタルブで幾度も婚礼を立ち会った故、多くの詔を諳んじておる。片田舎の漁村の物で構わぬのであらば、詠み上げてもよいぞ。王室のそれとは趣に差異はあるが、似たようなものじゃ」 「もしかして、その中に初代村長様のも入っているのかしら?」 「セラーヌのか?入っているも何も、婚礼において詔を詠み上げる風習を始めたのが他ならぬセラーヌじゃ。それを気にいった時の国王が少し形を変えてしきりに王室中に広めた様だがのう。しかし誰が先に成したかや本来の形式はどうである等とは些細な問題じゃ、肝心なのは頼まれた巫女が相手をどう想って詠み上げたかじゃ」 「相手をどう想った、か…うん、イージス。お願い、聞かせてくれるかしら、そのセラーヌ様の詔を」 「セラーヌと聞いて、どうやらへそ曲がりの使い魔も興味惹かれた様じゃの」 ルイズはそう言われて、ふと気付くとブロントがいつの間にかイージスを間に挟んで、隣に座っていた。 「それほどでもない」 イージスはにっこりと微笑む表情を浮かべる。 「相変わらずじゃな、ブロント。まあ良かろう。まずはセラーヌが初めてハルケギニアで詠み上げたものからじゃな。では、『この麗しき日に……」 イージスが朗々と詔を詠み上げた。 ルイズはそれを聞きながら色々と想いを馳せる。 特に婚礼の巫女をルイズに態々指名したアンリエッタ王女の事を強く思った。 ルイズにとって、アンリエッタはどれ程大切な存在なのか、そして今アンリエッタは何を思っているのだろうか。 「姫さま……」 その頃、トリステイン王国と、ガリア王国に挟まれた内陸部に位置する、ハルケギニア随一の名勝を誇るラグドリアン湖にて。 「何かおっしゃいましたか?アニエス」 緑鮮やかな森に囲まれた絵画の様に美しく澄んだ湖水に佇むのはアンリエッタ王女と、アニエスと呼ばれた女性だった。 「いえ、殿下。私は何も……」 短く切りそろえた鮮やかな金髪に、すっきりと簡素に整えた剣士風の出で立ちのアニエスは、恭しくアンリエッタに跪く。 「そうですか、わたくしの気のせいですわ。水精霊の囁きでも聞いたのでしょう」 ラグドリアンの湖は水の精霊が住まう場所として知られている。 湖の底奥深くに水精霊たちは城と街をつくり、独自の文化と王国を築いている。 その姿を見たものは、その美しさに心をうたれ、どんな悪人でも心を入れ替えるという。 そんな水の精霊は誓約の精霊とも呼ばれ、その御許においてなされた誓約は、決して破られる事が無いと伝えられている。 アンリエッタはここでウェールズに永遠の愛を誓った。 「アニエス、無理を言って世話をかけますわ。わたくしの我儘に付き合わせてしまって」 「殿下、どうかお気になさらずに。しかしメイジの近衛でなく、ただの平民である私でよろしかったのでしょうか?」 アンリエッタは深い溜め息をつく。 「力あるメイジの貴族を信用する事ができない王女など、さぞかし滑稽でしょう。魔法の使えぬあなたの様な平民を御す自信しかない無能な王女など」 「殿下、悪い御冗談はやめてください。このアニエス、殿下に拾われた大恩が胸中に溢れども、その様な事は……」 アンリエッタは軽く微笑む。 「ええ、わかっておりますわ、アニエス。ですが王宮にはそう思い、王権の簒奪を試みる貴族が多数暗躍しているのもまた事実。わたくしの魔法近衛隊の中にも潜んでいるのかもしれません」 アンリエッタが物哀しそうな表情をして、湖の前で屈みこみ、水面に映る自分の顔を覗きこむ。 「何よりも、わたくしの浅慮故、裏切り者にわたくしの大切な人の命を受け渡してしまったのですから……」 「殿下……」 アンリエッタは手で軽く水面を漉いて、そして立ち上がる。 「アニエス、これからわたくしがここで口にする事は一切忘れて欲しい」 「御意」 アンリエッタはドレスの裾をつまむと、水の中に入っていった。 足首まで水につかると、アンリエッタは神妙な顔をして、高らかに宣言した。 (身勝手なわたくしをお許しくださいまし、ウェールズさま) 「トリステイン王国王女アンリエッタは水の精霊の御許で改めて誓約いたします。この身、例えゲルマニアに捧げる事になろうとも、この心は永久にウェールズさまを愛し続ける事を!」 湖の水面がそっとゆらぎ、再び静寂が湖を包む。 アニエスは驚きを隠せなかった。 この事が自分以外の誰かに知られれば、大変な事になるであろう。 もっとも、発言力を持たぬ、ただの平民であるアニエスが口外した所で、何とかうやむやにできるとアンリエッタも見越した上でアニエスを護衛として連れてきたのだろう。 アンリエッタが湖からでてくる、ぽたぽたと水が靴から滴り落ちる。 「さあ、アニエス。王宮に戻りましょう。あまり長居しては王宮の皆が騒ぎだしますわ」 「殿下、早く馬車に戻り、着替えを。大事な御身体に障ります故」 アニエスはそう言って、頭を垂れる。 アンリエッタは湖を包む森の外れに停めてある馬車に乗り込む前に、最後に湖を一瞥した。 そして誰にも聞こえぬように小さく呟いた。 「あの時、何故貴方は愛を誓ってくださらなかったの?ウェールズさま……」 その頃タルブの砂浜、 「何か言ったかい?シエスタ君」 ウェントゥスはまるで瞑想しているかの如く、白い砂浜の真ん中で目を瞑っている。 背後から近寄ったシエスタだったが、振り向かずに誰であるかウェントゥスに言い当てられ、シエスタは一瞬驚いた。 「あ、いえ!その、ミスタ・ウェントゥス、お昼がまだのようでしたので。手軽に食べられる物お持ちしました」 「悪いね。私の様な根無し草に気を遣わせてしまって」 ウェントゥスは目を開き、立ち上がると、口笛を吹いた。 すると遥か上空から、使い魔の黒鷲が砂浜に舞い降りてきた。 「ミスタ・ウェントゥス、また使い魔を通して辺りを見回っていたのですか?」 「いかにも。この子は目が良いからね、傭兵どもの動きを監視するのに、大いに役立っているよ。ところでシエスタ君、『ミスタ』はよしてくれ、私は貴族ではないのだから」 ウェントゥスは懐から干した腸詰の様なものを取り出すと、それを使い魔の黒鷲に放り投げた。 黒鷲は軽く「クアッ」と鳴くと、それを嘴で器用に受け取り、飲み込む。 「ですが、メイジの方に失礼があっては……」 「ハハハ、つまらない魔法が使えるだけさ。勝手にこの村に邪魔しているこちらが本来気を遣わなければならぬのにな。呼び捨てで構わないよ」 「さすがに呼び捨てする訳にはいけませんわ。えーと、そのウェントゥス…さん?」 橙の色眼鏡を掛けているせいか、表情が読み取りにくいが、ウェントゥスがにこりと微笑む。 「ウェントゥスさんって、メイジにしては随分と変わっているんですね。立ち振舞いは貴族みたいな気品があるのに、その、あまり他の貴族みたいに威張り散らさないと言いますか」 「何、メイジとて平民と同じ人間さ。刺されれば同じ赤い血を流し、夜になれば眠り、年が経てば老いる。そして日が真上に昇れば……」 その時ウェントゥスの腹がぐぅと鳴る。 「腹が減るものさ」 シエスタは思わず笑ってしまった。つられてウェントゥスも笑う。 シエスタは持っていた紙の包みを開くと、それをウェントゥスに差し出す。 「サラダをタコスにしたものです、どうぞ召し上がってください」 「ああ助かるよ。どんな偉大なメイジでも、空腹に打ち勝てる魔法など唱えられないのだからね。その点で言えばきみの方がメイジよりずっと偉大と言えるかな?」 ウェントゥスはそう言って、包みからタコスを手で受け取り、かぶりつく。 焼いたトウモロコシの生地がパリリ、と小気味良い音を響かせる。 シャキシャキと立った細切れの野菜が零れそうになる。 ゴロゴロとした海の幸に絡むアップルビネガーの香りがまた食欲をそそる。 手づかみで豪快に食べるウェントゥスだが、やはりどこか気品が漂い、絵になるとシエスタは感じ取り、思わずその食べっぷりに見とれる。 「とてもおいしかったよ。やはりこの村の料理は絶品だな」 すっかりタコスを平らげてしまったウェントゥスは満足そうな顔をする。 「気に入って頂けたようで、よかったですわ」 「さて、一休みもした所で、また少し見回りをするか」 ウェントゥスは羽を休めていた黒鷲の頭を軽く撫でると、黒鷲は頷き、また大空へと飛び上がった。 紙の包みを丁寧に折りたたんでいたシエスタがウェントゥスになんとなく聞いてみた。 「あれから何かわかりました?集められている傭兵たちが何をするか」 ウェントゥスは突然、真剣な表情になる。 「いや、ここ数日は目立った動きは無いな。二千人程の傭兵どもが今ラ・ロシェールに留まっているようだが、何か事を起こす様子もない」 「王宮の方はこの事を御存じなのでしょうか?」 「匿名でだが、何度か知らせている。流石に今は知るべき者に知れているだろう。王宮の方も特に動きを見せていないから、危惧するような問題では無いのかもしれないな。だが用心する事には越したことがないな」 「……ウェントゥスさんはなぜそこまでして、この村の事を気にかけてくれるのですか?」 「ん?なぜ、と言われてもな……最初はとある私の大切な者の力になりたくて、成り行き上でここに辿りついてな。そして、偶然が重なるものなのか、ここが我が友に縁がある地と知り、少し興味を持ったと言うのもあるな」 「友、ってブロントさんの事ですか?」 「そうとも、我が友であり、もっとも憧れている人物さ。そして彼には返しても返しきれぬ恩がある。その彼の姉が治めたと言うこの地に何かがあっては、私は友に顔向けできんよ」 シエスタはそれを聞いて、なんだか自分の事みたいに嬉しくなった。 「やっぱりブロントさんって凄いですよね。わたしも何かあの人に憧れちゃいます。でもあの寺院でびっくりしました、まさかこの村の領主様の弟さんだっただなんて」 ウェントゥスは突如、思い出したかのように手を叩く。 「ああ、そうだシエスタ君。前から聞こうと思っていたのだが、あの寺院いざという時に、村の避難場所として使えそうかね?」 「ええ、大昔にそういう使い方もしていたそうですよ。頑丈な石造りなので、あの大きな扉を閉めてしまえば、下手な砦よりも安全だとか」 ウェントゥスは「ふむ」と答えると、その場に座り込み、目を瞑った。 使い魔と視界を共有し、トリステインを上空から見渡す。 そして空の遥か彼方に小さく浮かぶアルビオンを見つめて、小さく呟く。 「さて、どう動くか……レコン・キスタよ……」 第21話 「時の輪の交わる処」 / 各話一覧 / 第23話 「いきなりトリステインの危機」
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4459.html
前ページ次ページ鮮血の使い魔 風の国アルビオンにある寂れた教会。 人気は無く、薄暗くて寒い、しかしそこがアンリエッタから知らされた場所。 ルイズ達はこの教会に行くよう指示されていた。 恐らく王党派と連絡を取れる場所なのだろうと推測しながらも、 同行するワルドはいつでも杖を抜けるよう警戒し、 言葉もまた鞄を開けっぱなしにしいつでもチェーンソーを取り出せるようにしている。 そんな三人が部屋の真ん中まで来ると、柱の影から甲冑を着たメイジが現れた。 四方を囲んで四人。全員が杖を三人に向けてくる。 言葉は双眸を細めると、頭の中でメイジ達を皆殺すシミュレートを開始する。 ガンダールヴのパワーとスピードなら、あんな甲冑など問題にならない。 「私はルイズ・フランソワーズ! トリステイン王国、アンリエッタ姫殿下の使者でございます。 ウェールズ皇太子へのお目通りを!」 言葉がそんな物騒な事を考えてるとは露知らず、ルイズは堂々と名乗りを上げた。 アンリエッタに言われてこの教会に来たのだから、 当然ここにいる甲冑騎士達は王党派のメイジなのだろうと決めつけている。 もう少し疑ったり慎重になった方が安全なのだが、今回はこの愚直さが正解だった。 柱の陰から新たな甲冑の騎士が現れると、鉄仮面の奥からルイズへ視線を向ける。 そして、左手の指に輝く青の宝石に気づくと、堂々とした足取りで歩み寄ってきた。 その立ち振る舞いに敵意が無いと気づきながらも、ワルドは警戒を解かない。 言葉は、敵意があろうが無かろうが警戒を解く気は無い。 ルイズの前までやってきた甲冑の騎士は、鉄の小手を外すと、 そこにはめられていた指輪を取り、ルイズに向けた。 「指輪を」 言われて、ルイズは左手を前に出す。 薬指にはめられている水のルビーが、騎士の指輪のルビーと共鳴するように光り、虹色の輝きが二人の間に現れた。 「間違いない。君がはめているのは、アンリエッタの持つ水のルビーだ。 そして、僕の指にあるこれは、アルビオン王家に伝わる、風のルビー。 水と風、二つのルビーは虹を作る。王家と王家を結ぶ架け橋のような虹を」 「では、その風のルビーを持つ貴方は」 「そうだ」 甲冑の騎士はゆっくりとした所作で鉄仮面を脱ぎ、 金髪の見目麗しい美青年の姿をあらわにする。 「僕がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 そこでようやく、ワルドは警戒を解いて杖をしまった。 しかし、未だ消えぬ殺気を感じ取り視線を向ける。 言葉が、闇夜の海のように深く暗い眼差しでウェールズを見ている。 この少女、ルイズの使い魔であるはずなのに、なぜウェールズを敵視するのか? その疑問に、ワルドは想像を働かせた。 ニューカッスル城に案内されたルイズ一行は客間に通され、 そこで休むよう言われたが、ルイズだけはウェールズの部屋に呼ばれた。 アンリエッタからの密書を渡し、任務を果たさねばならないからだ。 だから、ワルドは使い魔の少女と二人きりという状況で、それを好機と受け取った。 「コトノハ……といったね?」 ソファーに腰を下ろしたワルドは、紳士的な口調で言葉に声をかける。 しかし言葉は、武器の入った重そうな鞄を持ったまま、 窓際に立ち外の景色を見つめている。振り向きもしない。 「少し質問があるんだが、いいかな」 話を進めたいため、沈黙を肯定として受け取る事にして、ワルドは続けた。 「君はルイズの忠実な使い魔だ。そうだろう? だから、ルイズの身に危機が及んだ時、そう、教会で騎士に囲まれた時、 僕も君も、ルイズを守るために警戒し、いつでも戦えるよう、構えた。 けれど、相手がウェールズ皇太子と解って尚、君は警戒を解かなかった。 いや、警戒は解いたのかもしれないが、敵意は解かなかった。そうだろう? なぜなんだい? まさかあの皇太子を、偽者だなんて疑っているのかい?」 「あなたには関係ありません」 ようやく出た返答は拒絶だった。 しかし、自分の想像が当たっているのなら、当然の反応であった。 「君はまさか、アルビオンに対し害意を抱いているのではなかろうか? もしそうであるならば、君がルイズの使い魔であったとしても、 今ここで成敗せねばならなくなる」 言いながら杖を抜くワルド。 ようやく、言葉が振り向いた。 「まさか。そんな訳、あるはずがありません」 柔らかい口調とは裏腹に、後ろに回した鞄をゆっくりと開ける言葉。 ワルドは、鞄の中身を知らない。 しかしそこに武器があるだろうとは承知していたし、 平民の使い魔が単身であの土くれのフーケを倒したという事は、 それだけ強力な武器であろうと判断している。 「ところでワルドさん。あなたは、ルイズさんの婚約者ですよね?」 「……ああ」 「では、ルイズさんを愛していらっしゃるんですね?」 これはつまり、ルイズの味方かどうか答えろという意味か。 ワルドは返答に困った。 幾つか、ワルドは言葉の真意を想像してある。 まず、言葉がアルビオンに対し害意を抱いている可能性。 あるいはレコン・キスタという組織に入りたがっている可能性。 これは、正直言ってありがたい。 ルイズにさえ秘している真の目的を果たすため、取り込めるからだ。 そして使い魔である彼女を取り込めば、 あの潔癖で気高いルイズを丸め込むいい道具として利用もできる。 それとは別に、ルイズへの裏切りを考えている可能性。 これはこれで利用できる。 この少女の真意をルイズに暴露すれば、さぞ落ち込むだろう。 つまり心に隙が出来、懐柔は容易になってくる。 この場合、この少女は始末せねばならない。その方が都合がいい。 別の可能性。 この少女はルイズに忠実ではあるが、それ以外を一切信用しないというもの。 しかしこれは無いだろうとワルドは思う。 騎士の正体がウェールズだと解った時点で、この少女は警戒を解いた。 例え敵意まで解かなかったとはいえど、警戒を解いたという事は、 一応ウェールズを信用したと判断していいだろう。 それにルイズにのみ忠実であるなら、彼女にとっては突如現れたルイズの婚約者、 すなわち自分に対しもっと警戒していいはずだ。 魔法学院からここアルビオンまでの旅路、 彼女はワルドを敵視するような素振りは見せなかった。 ルイズがワルドを信頼しているから、彼女もワルドを信頼してくれたというのは無い。 ルイズがウェールズを信頼した時点で、彼女はウェールズを信頼しなかったから。 だからこの可能性は無いと考えていい。 否定する材料はもうひとつある。 ラ・ロシェールの街で彼女は、ルイズと自分に隠れて、土くれのフーケと会っていた。 ワルドがこの事実を知っている事を、彼女もフーケも、ルイズも知らない。 果たして、この使い魔、コトノハの真意は如何に? それによって、己の返答も変わってくる。 「どうなんですか。婚約者なんですよね? だったら愛しているんでしょう?」 「……ああ、僕はルイズを愛している。この気持ちに偽りはない」 彼女がルイズの敵であるならば、それを明らかにし排除すればいい。 彼女がアルビオンの敵であるならば……。 「そうですか」 言葉は安心したように微笑んだ。 (ルイズへの裏切り行為……フーケと密かに会っているが、 ルイズ自身を敵視している訳ではないという事か?) 判断材料が足りない。下手に突いてやぶ蛇になっても厄介だ。 口封じは容易いが、今はアルビオンの城の中、疑惑の目は避けたい。 しかしこの使い魔の少女自体がイレギュラーとなりかねない。 だったらと、彼は訊ねた。 「君はラ・ロシェールの街外れで、土くれのフーケと会っていたね」 言葉の双眸がわずかに細まる。 「何の……事でしょう?」 「土くれのフーケ……どう脱獄したかは知らないが、手引きした者がいたはずだ」 その手引きを自分がするはずだったと、ワルドは言わなかった。 手引きをして、スカウトするつもりだったのに、何者かが先にフーケを解放した。 「何を企んでいる。返答次第では――」 「私の邪魔をするというのなら、貴方でも容赦しません」 言葉の手が鞄の中に沈む。 「土くれのフーケと組んでいるという事は、王党派は敵……か?」 ワルドは、事前調査してあったフーケの正体、 アルビオン王家によって貴族としての地位を追われた元貴族である事を思い出し、訊ねた。 「ルイズを裏切ってまで、君は何をしようとしている」 その目的によっては、取り込める。 「……私はただ……誠君を生き返らせたいだけです」 言葉はチェーンソーを握り締め、鞄から取り出そうとした。 土くれのフーケとの件を知られてしまったのなら、もうここにはいられない。 ワルドを倒し――殺しはしない、彼には役目がある――ウェールズの首を取り、 レコン・キスタに行きクロムウェルに会わねばならないのだから。 だから、ワルドには悪いが、治療で助かる程度の、しかしこの場から動けなくなるほどの、 重傷を負ってもらわねばならない。 鞄から、チェーンソーを、しかし、その直前、ワルドが言う。 「ならば私達は手を取り合える」 言葉の目的を理解したワルドは会心の笑みを浮かべた。 「なるほど、君は生き返って欲しい人がいる。 そして、人を生き返らせるなどという魔法を使える者はこの世にただ一人。 虚無の担い手、クロムウェル。 しかし『生き返らせてください』と頼んだところで、 いちいち聞いてやるほどクロムウェルは暇ではない。 そこで! 願いを聞き入れてもらえるだけの手土産を持っていけば……。 それほどのものといえば、皇太子の首など、さぞ喜ばれるだろう。 警戒を解いて尚、敵意を解かなかった理由は、それだね?」 見抜かれた事ではなく、手を取り合えるという発言が、言葉の手を止めていた。 いつでもチェーンソーを起動できるよう言葉は身構えたまま、話を聞く。 「ふふふっ、それは主であるルイズを裏切ってでもかなえたい願いと見える。 だったら話は早い。その願い、私がかなえよう」 「……貴方が?」 「そうだ。君が私に協力してくれるなら……私は君を、クロムウェル様に会わせよう」 「……レコン・キスタ……? 貴方はレコン・キスタの方? ……裏切り者?」 「裏切り者はお互い様だろう、ミス・コトノハ。 君がフーケと共に私の側について、私の任務に協力してくれるのなら、 私がその功績をクロムウェル様に報告し、 マコト君とやらを生き返らせてもらうよう頼んで上げるよ」 「……貴方の、任務は?」 「ウェールズ皇太子の持つ手紙の入手。ウェールズ皇太子の命。この二つだ」 「……そうですか。では、ルイズさんはどうするおつもりですか?」 「もちろん連れて行く。彼女は私の愛しい婚約者だからね、説得するよ」 「………………解りました。ワルドさん、貴方に、協力しましょう」 言葉は思っていた。 ルイズを裏切り、レコン・キスタに行き、クロムウェルから指輪を奪おうと。 しかし、しかしこれなら。 ワルドに協力するならば。 レコン・キスタに行き、誠を生き返らせてもらい、また一緒にいられる。 そして。 戸が開く。ノックもせず入ってきたのは、ルイズだった。 向き合っているワルドと言葉を見て、眉をひそめる。 「ただいま……。ワルド様、コトノハ、どうかしたの?」 「いいえ、何でもありません。ちょっとお話をしていただけです」 「そう?」 そして、ワルドがルイズを説得してくれるのなら。 ルイズも共にレコン・キスタへ行ってくれるのなら。 誠だけじゃなく、ルイズとも、一緒にいられる。 あの日見た――もう忘れてしまった、けれど幸せだった夢が現実となる。 だから。 第12話 悪魔のささやき 前ページ次ページ鮮血の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1951.html
「斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る 斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る 斬る斬るKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILL KILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILL KILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILL KILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILL KILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILLKILL」 土埃が舞った。 クロムウェルも、そしてその場に居合わせる『レコン・キスタ』のメイジらも驚愕に声も出せずにいた。 土煙はゴーレム。それも『土』のスクウェアが作り出した五十メイルを超える鋼鉄の特上の物であった。 それが一瞬で土煙へと眼前で化けたのである。 煌めく十の刃。 その前で塵芥へと。 「絶っ!! 好っ!! 調ーっ!!」 ワルドの手から叫び声が上がる。 その声は右の手より。 そして左の手よりも声が上がる。 「おでれーた。 俺、マジでおでれーてる! 無敵過ぎるだろ兄弟」 デルフリンガーは心情を隠しもせずに興奮の声をあげる。 「はは、盛り上がっている所を悪いが、来る!それも極上の『火』!」 割って入ったワルドの声に右の手と四方から言葉が返る。 「ちょろいね!」 アヌビス神は『火』『火』『火』『火』のハルケギニアで最も強力で無慈悲な炎のスクウェアスペルを前にへらへらと笑い飛ばす。 燃ゆる業火。その色白色へと達する。それは最上の熱量の証。 側に寄るだけで身を焼くそれへと五人のワルドは、デルフリンガーを前方へと突き出し一気に間合いを詰める。 灼熱の火球の命はほんの数瞬であった。 「げーっぷ」 デルフリンガーがふざけた調子の声でおどけた。 五倍の魔法喰らう伝説の前には、『火』のスクウェアと言えども児戯であった。 ワルドらを囲む『レコンキスタ』が精鋭のメイジらが身を凍らせた。 かの烈風の武勇伝すら、今見た現実の前には可愛らしいとさえ思えた。 「お前ら、ここは戦場だっての!」 妖刀が吠え、自慢の魔法を喰らい尽くされ茫然自失の『火』のメイジの胴と首、胴と腰が泣き別れる。 彼の最後の視界には左右を駆け抜けた二人のワルドが。最後の聴覚には『ガンダールヴ』を名乗る妖刀の狂ったような笑い声が聞こえた。 吹き上がる赤き命の間欠泉。 それを突き抜け二振りの輝きが、『土』のメイジに襲いかかる。 「あ……」 小さく声を残し、彼は胸と首を貫かれ崩れた。 スクウェアスペルが児戯も等しい扱い。 有り得ぬ現実を前にして恐慌が巻き起こった。幾多の戦場を越え、屍を築き、血の海を渡った彼らだが、それによって築かれた常識を越える眼前の悪魔に、心は無垢な幼児へと戻され、泣き叫びながら蜘蛛の子を散らす様に逃げ去ってゆく。 「おやおや、閣下。 ご自慢の精鋭たちは用事を思い出した様子。 如何なされますかな?」 ワルドがわざとらしくおどけて、小首を傾げる。 流石のクロムウェル。皇帝の野心を持つ男は、その欲望を持って心を保っていた。 「この様な虐殺行為、『愛』の彼の意に反するのではないかね」 「駄目なのです閣下。この身体最早僕の自由ではありません。 鬼の心で動きまする」 ワルドのおどけに対し少々ふざけたふうに振る舞い笑ってみせるが、ワルドは悲しそうに首を横へと振った。 そう、初めのあの時がワルドの独断を通せた最後の時。今やこの身はアヌビス神が支配している。 血を好み肉を骨を断つ感触を好む妖刀。彼はたった今、複数の命を断った事に興奮し次なる贄を求めている。 そう、現実としてその両の手からは奇妙な笑い声が聞こえてくる。 「ひゃっはぁー!いひひひひひひひひ。最高!肉最高!骨最高!」 「落ち着け。兄弟落ち着け。さっきの流れるような首撥ねは素晴らしかった。 えへへ、落ち着け。俺たち絶頂っぽいけどよー。まあ落ち着け」 興奮した二振りの邪悪としか言えない笑いが木霊する。 「つまりはこう言う事なのです」 ワルドのその言葉にクロムウェルはついに心を折り、「ひぃっ」と声を上げ数歩後退り、振り返り尿を漏らしながら走り出す。 刹那、左の腕に焼かれる様な痛み。そして突然左半身が軽くなり、体重のバランスが崩れ地面へと転がる。 クロムウェルは恐る恐る己の左腕を見る。 真っ赤な腕。否、噴出す血潮。 恐怖に痛みは消し飛ぶ。 たった今斬り飛ばされた左腕を、ワルドの脚が容赦なく踏み付けるのが視界の片隅に映る。 声も出ず、這うようにして、迫るワルドから逃れようと必死に必死にもがく。 進む先、目の前に脚が見えた。 「ひっ」と怯えの声を上げて恐る恐る視線を上げる。 それはフードを深く被った女性であった。 「しぇ、シェフィー……ルドか?」 クロムウェルは救いの神とばかりに残された右の腕のみで必死で掻きついた。 シェフィールドと呼ばれた女性はクロムウェルを気にも止めず、唇をニィっと一瞬歪めワルドの方を見た。 「まさか『ガンダールヴ』がインテリジェンスソードだとはね」 何処から、そして何時から様子を窺っていたのか彼女は言葉を続ける。 「それも『ガンダールヴ』の名前がアヌビス?なんて面白い冗談」 その言葉にアヌビス神がハァ?と、がらの悪い声をあげる。 「人様を冗談呼ばわりたーふざけやがって。 オイ、ワルド。誰だアレ?」 「クロムウェルの秘書のシェフィールドだ」 「おーおー。なるほどなるほど。ワルド子爵ご推奨のレコン・キスタ、ベストオブおっぱいだな?」 ワルドは盛大に口から何かを吹いた。偏在の数だけ吹いた。 「と、とと突然何を。 そ、そそそ、そのような事は。ま、待てシェフィールド! 何だその表情は!」 反射的に胸元を庇うように腕を組み、シェフィールドが何かせつない生き物に向けるような視線でワルドを見た。 「サイレンスの魔法で、こっそり風呂覗いて確認したから間違いないらしいぜ。 睡眠中にスリープクラウドかまして起きないようにしておいて、じっくり触ったから間違いないらしいぜ」 「マジか。マジか兄弟。こいつそこまで屑だったのか」 「ああ、良い弾力だったとか―――――」 「ま、ままま、待ちたまえ!」 ワルドは、勝手に五方向サラウンドで、戦場に似つかわしくないとんでも無い事を言い始めた二振りへと割って入る。 「覚えは無い!そんな事は断じて断じて!」 「嘘だね。其の侭寝巻き捲り上げて吸ってみただろ実は。味も見ておくべきだとか思ってただろ?」 「な、ななななななななな! 何か油断なら無い物は感じていたけれど、まさかそんな下種だったなんて」 瀕死ではぁはぁ息を切るクロムウェルを放置して、シェフィールドが纏った雰囲気に似つかわしくない感情を顕わにして声を荒げた。 予想外のセクハラ発言に頭に血が上り、何故アヌビス神がそのような事を言い出したのか疑問にも思えずワルド殺すと殺意を向ける。 「誤解だ!僕はそんな事はしない。そんな事するような人間ならば既にフーケやタバサにもやっている! ではない、それも誤解だ。そんな無粋な事をこの僕がするとでも言うのか!」 混乱気味のワルドが五方向サラウンドで必死に弁解するが泥沼である。 「あんな幼い子にまで……」 フーケは兎も角として、諸事情でタバサの事は詳しく知るシェフィールドは、更に軽蔑するような視線をワルドへと送る。 ワルドが五人揃って涙目で必死に弁解している。アヌビス神も茶々を入れるのに夢中だ。 シェフィールドは、馬鹿馬鹿しい上に腹立たしいがチャンスであると判断した。どうあれこの場は当初の予定通り、瀕死のクロムウェルを救い脱出しなければならない。 彼女は用意していた物を懐から取り出し素早く準備し、煙幕を焚いた。 「落ち着け兄弟。落ち着けワルド。馬鹿をするタイミングじゃねえぞ」 「確かにあれは良い物だが断じて吸っては……はっ!?」 「だってよー、あの胸を見るなりワルドの頭の中に邪まな感情が見えたしよー。 それに覗いたりはした事あるんだよな実際……はっ!?」 デルフリンガーの言葉にワルドは、アヌビス神は、はっと我に帰る。 そして偏在を含め自分たちへ煙の中から飛来した何かを軽く斬り飛ばす。 「ちっ、煙幕か! おっぱい子爵が余計な言い訳をするからだ」 煙の向こうを人影が走るのが見えた。 「逃がさな……ん?」 アヌビス神は素早くワルドの身体を駆り、その逃げる影へと飛び掛ろうとするも影が幾つも存在する事に気付く。 しかも其々に気配が存在する。 「おいワルド、デル公、何だありゃ?何で十も二十も沸いて出るんだ? あれも偏在か?」 「僕はあんな数の偏在など聞いたことも無い。不可能だとしか言えん」 『風』のスペシャリストであるワルドが真っ先に否定した。 幾ら五の身体を持ってしても手におえる数ではない。 「かまやしねえ。片っ端からばらしちまやいいじゃねーか」 デルフリンガーのその言葉に動こうとした、その時に偏在が一斉に姿を消した。 「は?」 「ど、どうしたんだ?」 アヌビス神とデルフリンガーが、『え?』と声を上げる。 「先程斬り飛ばした何かが不味かったのか、ダメージを受けて掻き消えたようだね」 ワルドが視線だけで己の身体を大丈夫かな?と伺う。 「もう一回出せばいいだけだろ。さっさと出せ」 取りあえずとばかりに、最も近い影を斬り付けつつワルドを促す。 「無理だ。僕にはもうエア・ハンマー一発分残っているかと言った所だ」 アヌビス神の言葉にワルドは苦笑気味に答えた。 無理も無い、出陣前に若干の休息は有った物の、それ以前に魔法を酷使し過ぎていたのである。 「つまりは何だ」 「取り逃がしたって事だあね」 「余計な事を言い出すからだ……」 煙が晴れた後には、見た事も無い人形が転がっているだけであった。 魔法か何かで身代わりとして動く人形を囮とし、クロムウェルとシェフィールドが煙幕に紛れて逃げたのは直ぐに理解できた。 それをワルドの身体で蹴飛ばしながらアヌビス神たちはやれやれとぼやいた。 ニューカッスル方面の空を覆いつくすような大艦隊が、轟音を響かせ砲撃を繰り返すのが見える。 「不味くね?」 「途轍もなく不味いな」 アヌビス神とデルフリンガーは遠い眼差しで空の有様を見上げた。 旗艦『レキシントン』を中心とし、レコン・キスタ艦隊がこれでもかとばかりにどっかんどっかんと大砲を撃ち続けている。 「デル公よお、あれってやっぱばれたら袋叩きだよな?」 「間違い無いね。一瞬で火達磨爆発炎上だあね」 「慌てるな。クロムウェル本人はまともに指令も出せぬ程には追い込んだ。 今の内にクロムウェルの下の指令系統を押さえ撤退命令を流せばどうとでもなる」 ワルドのその言葉に、アヌビス神がほほーとわざとらしく息を吐く様にして言葉を返す。 「で、その指令系統とやらは何処だ。司令官か何かがいる所があるんだろ?おれたちの今の足で如何にかなる場所なんだろうな?」 「その通りだあね。直ぐに駆けつけられる場所じゃないとはっきり言ってやばいね」 デルフリンガーが鍔をかちゃかちゃ鳴らしながら、そうだそうだと言葉を続ける。 グリフォンの場所までの距離。そして敵の情報統制が取れる前にグリフォンの速力で到達できる距離かどうか。それ次第では非常に面倒な展開も考えなければならない。 場合によっては、魔法も殆ど打ち止めで偏在も無いワルドの身体を使って敵陣制圧も行わなければならないのである。 「コホン。ははは問題無い、場所なら良く知っている所さ」 二振りの注目を感じながら、一度咳払いをし落ち着きを取り戻すようにしてワルドは口を開いた。 「『レキシントン』……いや、『ロイヤル・ソヴリン』だ」 その言葉に二振りは黙り込む。 そしてアヌビス神はちょっと待てよ!と思う。 それ、最初に何か取り決めておけば良かったんじゃねえの?とデルフリンガーが考えているのが何だか伝わってくる。 馬鹿馬鹿しさから復帰し思考が回り始め、堰を切ったように溢れ出すのは抗議。 「にゃにぃー!ちょっと待て!!」 「駄目じゃねーか!!本当に駄目じゃねーか!!」 To Be Continued
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1111.html
マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (1)死者再生 神聖アルビオン共和国神聖皇帝オリヴァー・クロムウェルは、その胸を貫く剣により絶命した。 アルビオン貴族連合『レコン・キスタ』の長の命を刈り取った死神は薄く微笑んだ。 「さあ、お目覚めの時間だクロムウェル皇帝陛下」 子供のような無邪気さで詠うと、クロムウェルの亡骸に手を差し伸べ、呪文を呟く。 するとどうだろうか、先ほど確かに黄泉へと旅立ったクロムウェルの瞳が開いたのだ。 「おはよう、クロムウェル」 おぞましくも蘇ったクロムウェルは、殺人者/蘇生者である男に親しげに微笑む。 「おはよう、ワルド子爵」 果たして、クロムウェルを殺害し、それを今蘇生させたこの男こそ、ルイズの放った光の柱で消滅したと言われていたジャン・ジャック・ド・ワルドその人であった。 「ではまず。邪魔者を片付けるところから始めようか」 アルビオンの新たなる支配者ワルド、その目的を知るものはまだ誰もいない。 あのアルビオンでの脱出劇から、すでに2ヶ月が経過していた。 トリステイン王国王女アンリエッタと帝政ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世との婚姻が発表され、両国の軍事同盟が締結された。 当初、式は同盟締結後一ヵ月後に行われる予定であったものの、王女の健康上の問題から三ヵ月後と変更された。 アルビオン王国改め、神聖アルビオン共和国の新政府は、軍事同盟締結の翌日にトリステインとゲルマニアに特使を派遣し一年の期限付き不可侵条約の締結を打診してきた。 これを両国は協議の結果、受け入れる形で合意した。 トリステインとゲルマニア、両国の空軍力を合わせてもアルビオンの戦力に及ばないことを考慮しての戦略的判断である。 期限期間に軍備を整え、アルビオンに対抗しようと考える両国は、平時でありながら戦時さながらの緊張状態に入ったのであった。 トリステイン国内では、いたるところで来る戦争への準備が着々と進められていた。 それはここ、トリステイン魔法学院においても同じである。 普段通りの授業も行われているが、授業科目の中に軍事演習が設けられた。 有事の際には志願兵を徴募する旨の発表が王宮から出され、食料の常備蓄の量が増え、王宮から貴族子弟の護衛の為少数の兵が派遣された。 その他、戦争に関わるこまごまとしたものが変化した。 その中で、最も異様なものとしては、学院の塀を越えた隣の空き地では今まさにフネの建造が急ピッチで進められている。 最近、ウルザとコルベールによって占拠された炎の塔(勿論オスマンの許可を得ている)にあって、コルベールは苦悩していた。 自身が進めている研究、実験、そして計画、それら全てがやがて争いに使われることになるだろう。 自分の作ったモノが人殺しの道具に過ぎないことを、誰よりもコルベールが認識している。 しかし、ウルザによってもたらされる知識や技術は何より官能的で、コルベールのそうした葛藤すら時に忘れさせてしまう。 追い出され本塔や他の塔に研究室を移された教師達から、今や冗談交じりに「コルベールの塔」と呼ばれている炎の塔では、ウルザのもたらした技術によってスラン鋼なるものが精製されていた。 学院外から運び込まれる鉱物を、地下に用意された魔力炉を用いて精製されるスラン鋼、これを建造中のフネの材料として供給しているのだ。 また、ウルザとの共同開発で様々なアーティファクトや機械を開発した。 それらもまた、恐ろしい戦争の道具となる。 そんなことを考えるだけで、あの作戦の夜を思い出し、体中に震えが走るのだ。 「まだ苦しいかね、ミスタ・コルベール」 いつの間にか研究室の扉の前に立っていたウルザから声をかけられる。 「ええ、やはり自分の作ったもので誰かが死ぬかもしれないと考えると、たまらなく怖くなります」 疲れた顔で振り返りながらコルベールが答えた。 「何の為に作っているかが分かっていても、恐ろしいものは恐ろしいのです」 「しかし、やらねばらぬ」 研究室の窓、そこから見える建造中のフネを見つめながらウルザが呟く。 「わかっています……だからこうして、続けられます」 確かに憔悴しているコルベール、しかしその瞳は決して力を失ってはいない。 そのことを確認して、ウルザはゆっくりと頷いた。 「それにしても、よく王宮があのような予算をつけてくれたものですな」 「オールド・オスマンが決戦用兵器の研究開発という方便で取り付けてくれたようだ」 「ははあ、まああながち間違ってはいませんが」 ウルザが見つめるフネをコルベールも見下ろした。 「ところで、確認はしておりませんでしたが…あのフネ、名前はもうお決まりなのですかな?」 「ああ、それは既に決まっている……… ウェザーライトⅡだ」 死者が黙して語らないのは間違いだ だからちゃんと語れるようにしてあげないとね ―――ワルド マジシャン ザ ルイズ 進む
https://w.atwiki.jp/tierkreis/pages/31.html
偉大なる総長閣下の演説 [#v40c38e5] コメント [#d22d79db] 偉大なる総長閣下の演説 親愛なる協会員の皆さん! 未来はすでに決しているのです! そう、世界がどのような歴史をたどり どのように終わりの日を迎えるかは 始まった瞬間に全て確定していたのです! それこそがひとつの道! 残念ながら、ひとはまだ その道を悟ることができません。 それゆえに 知りえぬ明日に迷い悩み 予期せぬ不幸に嘆き苦しむ。 しかし! そのような苦痛と悲哀に満ちた日々に 終わりが近づいています! 我々みなが 定められた未来の全てを見通し! 完全なる秩序と平安のうちに 生をまっとうすることのできる世界が すぐそこまで来ているのです! その日が訪れることの証として 協会にはひとつの道の一部を かいま見ることが許されています。 例えば…今日の演説の間に この広場に天より雷がくだることを 私は知っている。 今です。 (雷が落ちる) …すばらしい。 その方は協会の理念を 身を以って示されました。 丁重にとむらって さし上げて下さい。 そう…ひとつの道が 定められた未来を示すのは 結末を変えようとあがくためではない。 心安らかに 受け入れるためなのです! 落雷を予告されても 動じなかった皆さんは その真理を正しく理解しています。 すなわち、 資格があるということです。 来たるべき日! ひとつの道が成就した時! 完全なる秩序と平安に 満たされた世界へと進む資格が! しかし、世界には未だ この真理に目を開こうとしない 頑迷な人々が数多く残されています。 ジャナム魔道帝国が その筆頭であることは 申し上げるまでもないでしょう。 彼らには資格がありません。 我々とともに来たるべき世界へ 進むことができないのです。 だからといって私たちは彼等の不幸を 見過ごしていいのでしょうか? いいえ! そうではありません!! 全ての人々を教え導き!目を開かせ! 共にひとつの道に至ること! それこそが私たち協会の使命なのです!! 世界をひとつに! 未来をひとつに!! コメント 世界をひとつに!未来をひとつに! -- なんかこう見ると長いし、うざったいというかぁ・・・独り言みたいだ・・・・・・・・・世界をひとつに!未来をひとつに! -- ラミン (2009-08-25 18 07 55) 未来が決まってるとかマジ無理www -- 名無し (2011-02-14 13 44 44) 決まった未来なんて面白くないし。知らないからこそ面白いものもある。 -- 名無し (2011-08-06 10 44 37) 知らないだけで決まってたりして… -- 総長 (2011-11-27 21 34 41) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/bemanilyrics/pages/113.html
演説 / 猿の経 / あさき -さあさ 皆様ご一緒に- 「薄明(はくめい)に 混ざり在る 紺碧(こんぺき)の手と~~~!」 握手! 愛撫(あいぶ)する 愛撫する 彼らは愛撫する -大演説会場にて- 「我々は宇宙に在り! この濁世(じょくせ)の亀裂の深きは!億万の絶叫である! 満目の黒炎に執(しゅう)する き、き、きー!きゃっつら!に禍(わざわ)いを!」 「神幸(しんこう)!神幸!」 「嬋娟(せんけん)と舞う閃光の掻き消す 幸福よ! 星一つ尽き 星二つ尽き...」 人はおのれの触れたるものの色に消ゆ -今世紀最大の発見- 「瑕瑾(かきん)なき実 踏みます 嬲(なぶ)り 刺すと 熟(う)れます」 「ささ、どうか!」 「ええ、そうね!」 燃えて しまえ 「我々は!大宇宙の意思!!ほろろと鳴く猿であり!!! 或(ある)いは ほろほろと踊る猿であるがゆえに!を、を!おとろしや!」 母をかえせ 父をかえせ 私をかえせ 両手合わせ 小鳥翔(た)つ日々の呼吸に 伍(ご)し高き誇りの炙られる 人よ 気がついているか! 東雲(しののめ)の散れば初音(はつね) 夜陰(よかげ)は いつまでも 星をほほろぎ 在る
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5676.html
前ページ次ページIDOLA have the immortal servant 緑色に輝く燐光を纏いながら、変容していく。それは、侵食だ。 何かに内側から蝕まれ、老剣士の姿が人外のそれへと変わっていく。 眼前で、全てを目の当たりにしながら、何が起きているかわからない。 ルイズだけでなく、ウェールズも、ジェームズも、ワルドも。理解などできなかった。 右の掌から、黄色い光を纏う、黒い大剣が飛び出す。生物的で、有機的なフォルムを伴った、不気味な剣だ。飛び出した剣は、腕から一体化して生えているような格好だ。 左の掌はというと、巨大な蝙蝠の羽のようなギザギザとした形状になり、それが左右に伸びて、端に緑の輝きを宿した。 身体が蠢く。蠢きながら膨れ上がる。右肩から棘のようなものが飛び出す。人の肌であったものが、光沢と艶のある暗い色合いの、黒に近い藍色に変わっていく。 尾が生え、足は四足にわかれた。最早、人である面影など、どこにも留めていない。 肩から生える両の腕があり、頭がある。だから人型だと言われればそうだろう。しかし、あまりにも異形だ。人型に近い、としか言えない。 それから、節々にぼんやりとした青や緑や黄色の淡い光が浮かび、連なり、輝き始める。 それに似たものを、ルイズは以前にも見たことがある。マチルダと戦った時だ。フロウウェンが、フォトンブラストを使った時、呼び出されたフォトンミラージュは、あれにそっくりな輝きを持っていた。 それに、あの夢。いつぞやの夢に出てきた化物は、あまりにも今のフロウウェンに酷似していた。 「ヒース!!」 悲痛な叫びをルイズが投げかける。彼の背中を思い出して。 あんな夢は、ただの夢だ。現実になっていいはずがない。 フロウウェンは、フロウウェンであったものは振り向かない。 ルイズの叫びとは無関係に、侵食は完了していた。見上げるような巨人。ゆうに、15メイル以上はあろう。 腕や胴体は巨体に比して骨組みのように細い。それでいて、あちこちが尖った石のように、鋭角的なフォルムを有していた。 ―――オルガ・フロウ。 D因子。生体AIオル=ガ。そしてヒースクリフ・フロウウェン。 それらが重なり合って生み出された、悪夢の産物。オスト博士という狂人の夢。 「な……なんなんだ。この化物……は……」 ワルドが呆然と呟く。 オルガ・フロウがワルドを見据えた。人間で言うなら、頭部に当たるところに黄色い輝きが宿っている。 それが、目……らしかった。その下には口らしきものもある。四角く、細長い光の列が並んで、丁度、歯を剥いて笑った口のような形を造っていた。 どうにも、悪意のある笑みに見えてならない。誰に対する悪意だ? 自分か? 人間か? 「くっ!」 言いようのない怖気を覚えて、ワルドはグリフォンに向かって駆け出していた。自分が、虎の尾を踏んだことを知ったからだ。 虚無の使い魔―――記すことすら憚られる―――。 いつか読んだ書物の中にあった記述が頭をよぎっていた。 遍在が足止めする為に、オルガ・フロウを遠巻きに囲む。 『エア・カッター』と『ライトニング・クラウド』がその巨体を捉えた。が、直撃を受けて、揺らぎもしない。 恐ろしく強固な体表を持っている。『エア・カッター』は僅かにその体表に傷をつけたが、それで終わりだった。 「なんだと!?」 ワルドは驚愕の声を上げていた。巨体が、宙に浮かび上がったからだ。常軌を逸した、悪夢のような光景だ。 右腕―――冗談のように巨大な剣を、大きさにそぐわぬ速度で突き込んで来た。 それでも遍在は、剣が物理的に届く間合いの外にいたはずだ。 剣の纏っていたフォトンが突き出された瞬間に巨大な衝撃波と化し、地面を這うように走って、その軌道上にいた遍在の一体を巻き込む。声をあげることすら叶わず、消し飛ばされた。 それに戦慄する暇も、オルガ・フロウは与えない。 ブン、という奇妙な音を残して、オルガ・フロウが動いた。丁度、『女神の杵』亭で自分と戦った時のように、高速で視界の端へと消えていく。 それを追って魔法を唱えようとした遍在は、次の瞬間には頭を粉々に打ち砕かれていた。 「お、おおお!?」 最後に残された遍在の視界で、その全体像を捉えていたので、ワルドは何をされたか、かろうじて理解できた。 背後に回ろうと動くオルガ・フロウを、遍在は目で追った。オルガ・フロウは側面に回りこんで急停止。それから、その場でコマのように高速回転。 振り返ろうとしていた遍在の背後から弧を描いて飛来してきたのは、ゴツゴツとした岩のような塊を先端に備えた尾だ。それを鞭のように振り抜いて、遍在の頭部を弾き飛ばした。 それより何より、ワルドが驚愕したのはその動きだ。 空中は、風のスクウェアであるワルドの領域である。だから浮遊するオルガ・フロウの、先程の挙動が、どれほど異常で不可解なものかは、すぐに解った。 移動を始めた瞬間から、目で追うのがやっとというほどの速度で動く。 止まる時は、貼り付けられたようにぴたりと静止して見せた。 高速移動に必要な、加速と減速という過程がすっぽりと抜け落ちている。慣性という言葉を嘲笑うかのような動きだった。 これを、単なる巨大な化物に過ぎないとは言えない。 先程の攻撃にしたってそうだ。遍在がオルガ・フロウの動きを追おうとすることを予想していたから、そして、そのように誘導されたから、尾の飛来を全く知覚することができず、みすみす攻撃を食らってしまった。 誘いの手を置いておいて、本命の攻撃を繰り出す。それは、確固たる知性を持っているということだ。 巨大で、素早く、簡単に人間を消し飛ばすほどの攻撃力を秘める。その上知性を持ち、能力の全容も全くの未知数。 戦う? あれと? 冗談ではない。 グリフォンに跨る。そのまま疾駆させ、港の縦穴に飛び込む。 オルガ・フロウが、それを追った。 「行かせるか!」 最後の遍在が杖を振るおうとするが、それは叶わなかった。オルガ・フロウから、人間の頭ぐらいの大きさの、黒い塊が射出されたからだ。それ自体が意思を持つように遍在に向かって飛来してくる。 「何だこれは!?」 黒い塊はオルガ・フロウの体表の質感にそっくりで、光の粒が表面を走っている。 嫌な予感を覚えて、慌てて風の防壁を張る。正面から突っ込んできたそれは、防壁にぶち当たって爆発を起こした。 「爆弾? いや、機雷か!」 それの正体を看破した時には手遅れだった。最初の一発に気を取られている間に、遍在の周囲を取り囲むよう、四方八方に浮遊機雷を展開されていた。磁石に吸い付けられるように、しかも時間差をつけて遍在に向かって飛来してくる。 「お、おおおおおおおお!」 最初の四、五発を撃ち落とすが、いかに『閃光』のワルドとは言え、一人ではおのずと限界がある。一発着弾すると、もう止める手立ては無かった。轟音と爆風に遍在は飲み込まれ、跡形も無く消し飛ばされた。 まずい。実にまずい。グリフォンに跨って縦穴を急降下しながら、ワルドは歯噛みした。 遍在三体がかりで、足止めにすらならない。しかも『エア・カッター』ですら、かすり傷がやっとという表皮の堅牢さを持っている。 あれにまともな手傷を与えられそうな風の魔法と言えば『カッター・トルネード』ぐらいだが、スクウェアスペルである為に、遍在五体を作り出した後に用いるのは、幾らなんでも無理だ。 頭上を見上げる。オルガ・フロウの体表に輝く光が、暗黒の中に煌いている。やはり、追ってきた。自分を逃がすつもりは無いらしい。 右手は衝撃波を放つ巨大な剣。尾は鈍器の重さを伴った鞭。更に意思持つ浮遊機雷を湯水のように射出。まるで全身が武器だ。 では、あの、意味ありげな形状の左手はなんだ? 盾か? そう思っていると、緑色の輝きを放つ左手を、こちらに向けてくる。左右に広がるように展開し、弓を連想させる形状になった。 ぞくりと、冷たい予感がワルドの背筋を駆けて行く。 「は……はははは! あーはっはっはっは!!」 どうしようもない死の予感に、ワルドは笑った。あんな化物どうしようもない。笑うしかなかった。 あの距離から攻撃を仕掛けるつもりだ。間違いなく、あれは遠距離攻撃を行う為の『武器』だ。 周囲から緑色の光が、左手の先端部に収束していく。 咄嗟に、ワルドは自分の頭上に風の防壁を張った。それが、ワルドの命運を分けた。 目も開けていられないほどの光の奔流に、縦穴が満たされる。 ワルドと、ワルドの跨るグリフォンも、それに飲み込まれた。 防御魔法を唱えていなければグリフォンごと消し飛ばされていたかも知れない。かろうじて、ワルドは死を免れた。 しかし、防壁すらも突き破って降り注ぐフォトンの閃光は、それでも充分な攻撃力を有していた。 じりじりと焦がされる。焼かれていく。膨大な量のフォトン光に焼かれながら、下へ下へと。防御魔法とグリフォンごと、手もなく押し流されていく。 「ぐあああああああああああっ!!」 雲海を突き破って、アルビオンの下に広がる海へとワルドとグリフォンは墜落していった。アルビオンの直下は豪雨。つまりは嵐の海だ。 それを見届けると、オルガ・フロウは縦穴を上昇した。 さっき作り出したリューカーはオルガ・フロウに転じた時点で消えてしまった。どうも、Dフォトンが干渉してしまうようだ。それで、パイオニア1の陸軍があれと戦った時も、リューカーを作ることができなかったのだろう。 であるなら、自分にはまだやることがある。 上昇して、港に出る。ルイズと、ウェールズとジェームズの三人が、驚きと恐怖の混じった面持ちでオルガ・フロウを見上げてくる。 その時だ。 地中を進んで近付いてくる者の生体フォトン反応を、オルガ・フロウは感じ取っていた。それが、何者であるかを理解すると、言葉を紡ぐ。 ―――囮、ニ、ナル。ソノ、隙ニ、脱出、シロ。 聞き取りにくかったが、ルイズの耳には、確かにそう聞こえた。 それは到底、人間の口が発する言葉とは思えない。くぐもった、地の底から響くような声だった。 「待って!」 はっとした表情を浮かべたルイズが叫んだ。オルガ・フロウは振り返ることなく、縦穴を垂直に降下していった。 フォトンの残光を残しながら、その姿は暗闇の中に見えなくなった。ルイズの、使い魔の名を呼ぶ絶叫は、フロウウェンには届くことがなかった。 時は、正午。 浮遊大陸の岬の先端に位置するニューカッスル城は、一方向からしか攻撃を仕掛けられない堅牢な城だ。敵はたかだか三百あまりとはいえ、ここまで王に付き従った者達だ。それが文字通り決死の覚悟で待ち受けている。 攻め落とすのには多大な損害が予想された。 が、レコン・キスタの空軍艦隊と、陸軍。合わせて五万。実に百六十倍以上の兵力を有している。大挙して押し潰せばそれで充分だと、クロムウェルの取った戦術は、力押しだった。 陸からは傭兵を突っ込ませる。空からは絶え間なく艦砲射撃。それで終わる。王軍は全滅。レコン・キスタがアルビオンの新政府となる……はずだった。 “それ”が大陸下部から舞い上がってきたのは、今まさに突撃の号令が下されようとするその時だった。 ニューカッスルへの進撃を許さぬとばかりに、レコン・キスタの軍勢の前に立ち塞がる、黒い異形。 誰も見たことも聞いたこともない巨大な亜人。それは禍々しかったが、どこか神々しく、根源的な畏怖を呼び起こす姿だった。 ―――ココヲ、去レ。手向カイ、セネバ、追ウ、コトモ、セヌ。 それが、右手の輝く大剣で、アルビオンの地平を指して、確かにそう言った。 ゴーレムか、ガーゴイルの類か。正体は不明だが、翼も帆も無しに飛行してきたのが不気味だった。軍艦ですら風石は浮力を得る為のもので、推進力は帆に風を受けなければならない。であれば、あれは忌まわしい先住の力で空を飛んでいるということになる。 巨人が行く手を阻んだと報告を受け、発令所代わりにしていた『レキシントン』の船長室から後甲板に飛び出して、クロムウェルもそれを目にした。 「ミス・シェフィールド! あれはなにかね!?」 アルビオン中の貴族の系譜を諳んじることができるなどと嘯く、レコン・キスタの総司令官クロムウェルの言葉とも思えなかった。だが、知らないものは知らないのだ。 王軍が秘密で建造したガーゴイルかゴーレムの類かと思ったが、そんな噂話、今まで耳にしたことも無い。軍事機密であれば指輪の力で洗いざらい話してくれるはずなのだ。 ハルキゲニア中の伝承やおとぎ話を見回してみても、あんな異形の巨人はどこにも記述されていない。 シェフィールドと呼ばれた、フードで顔を隠した女は呆然として首を横に振った。ロバ・アル・カリイエからやってきたと自称する彼女ですら知らないらしい。 「あの巨人は、我が軍に、ここを立ち去れと申しております」 伝令の兵が言う。 「喋ったのか!? あれがか!?」 巨人を指差してクロムウェルは頓狂な叫びを上げた。 「は、はい」 「ど、どうなさいますか? 猊下」 クロムウェルの取り巻きの貴族が、問うてくる 「どうもこうも……ここまで王軍を追い詰めておいて、みすみす退けというのかね!?」 「し、しかし、敵は……」 横目でそれを見やる。艦隊の遥か向こう。ニューカッスル城を背に、光輝く剣を携えた巨人が浮かんでいる。 あの大剣なら、軍艦すら斬ってのけそうな気がした。しかも、あれだけの巨躯でありながら、翼も無しに浮遊している。 機動性がどれほどのものかわからないが、少なくとも陸軍は高空に舞い上がられたら、それだけで対抗手段が無くなる。一撃離脱を繰り返されるだけでも、どれほどの損害が出るかわからない。 更に陸軍を背にされては艦隊からの大砲や魔法による援護射撃も迂闊にはできない。 「敵は未知数です。どれほどの被害が出るか解りません」 空から陸軍が蹂躙される場面を想像して、貴族は生唾を飲み込む。 が、クロムウェルは吐き捨てるように言った。 「我が方は五万だ。負けることは考えられん。―――そうか! 余には解ったぞ! あれは追い詰められた王軍のメイジが、総掛かりで作り出した張りぼてだ! 外面を土メイジが作り、レビテーションで浮かせているだけに違いない!」 「な、なるほど」 貴族はクロムウェルの言葉に一応は頷いた。そう考える方がまだしも現実的かも知れないと思えたからだ。 だが、隣で聞いていたシェフィールドは、本当にそうか? と訝しむ。 ミョズニトニルンだからこそ、感じ得た予感であった。身体の奥底から、得体の知れない嫌悪と恐怖が、湧き上がってくる。 「攻められたら困るから、立ち去れなどと言ってくるのだよ。まったく奇策を弄したものだ! 全軍にそのように伝令せよ! 予定通りニューカッスル攻略に移る!」 ややヒステリックに、クロムウェルは叫んだ。元より、ガリアの手引きで『アンドバリ』の指輪を手に入れ、指輪の力でのし上がっただけの男だ。 決死の覚悟をしている相手に力押しなどという下策を選んだことといい、所詮は総司令官などという器ではなかった。 「どうして……どうして……」 ルイズはぽろぽろと大粒の涙を、フロウウェンが消えた暗黒の淵に向かって零し続けていた。 婚約者に裏切られ、信頼していた使い魔は行ってしまった。ラ・ヴァリエール嬢の心痛はどれほどだろうか。 ウェールズは唇を噛んだ。それでも、悲しみにくれている時間は無いのだ。 あの変貌したフロウウェンは、自分が囮になって、敵を引き付けると言っていた。どうにかして脱出の手立てを考えなくてはいけない。 と、その時だ。突然ウェールズの目の前の地面が盛り上がった。 「今度は何だ……!」 怪我をしていない左手で、杖を構える。が、顔を出したのは、何とも愛嬌のある茶色の生き物だった。 「ジャイアント・モール!? 何故こんなところに!?」 それから続いて、金髪の少年が土に汚れた顔を覗かせた。 「こら! ヴェルダンデ! お前はどこまで穴を掘る気なんだね! って……うわああ!」 杖を構え、自分を険しい顔で見下ろしているウェールズに気付いて、ギーシュは素っ頓狂な声を上げた。 ウェールズはギーシュから視線を外さず、じっと凝視する。ギーシュは百合の刺繍が施されたマントを羽織っている。トリステインの貴族である証だ。 「ギー……シュ?」 ルイズが泣き腫らした目で呆然と呟いた。 「知り合いかい?」 ルイズはこくん、と頷いた。ギーシュの傍らにキュルケが顔を出す。キュルケはウェールズとジェームズの顔を知っていたらしく、慌てて恭しく膝を付いた。それにギーシュも倣う。 それから、ギーシュは自分達が傭兵を倒した後、苦労してアルビオンに辿り着いた経緯を説明し始めた。モグラがここまでやってきたのは、ルイズの『水のルビー』の匂いを追ったからだろう、と言った。 「しかし、他の方々はどこへ?」 キュルケが人気の無い港を見渡す。 「今は詳しく話している時間が無いが、ここにはもう僕達以外誰もいない。脱出する手を考えなければ」 「それでしたら、穴の先でタバサと風竜がお待ちしておりますわ」 キュルケの言葉に従って、五人と一匹、それからルイズの手に大事そうに抱えられたデルフリンガーは、穴の中を進んだ。穴の外は空に通じていた。浮遊大陸アルビオンの下側だ。 魔法の明かりを灯して待っていたタバサが、一行をシルフィードの背に乗せる。さすがに六人と一匹は重いらしく、シルフィードが恨みがましい目でタバサを見やるが、 タバサは指を立てて「後で生肉大盛り」と答えたので、シルフィードは目を輝かせて皆を背に乗せて飛んだ。 ヴェルダンデは大きいので口に加え、座る所が足り無いのでギーシュは足で掴まれている。 「ヴァリエール。あんたどうしちゃったの? おじさまはどこ?」 まるで覇気の無いルイズの様子に、キュルケが問う。 「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔は……あそこだ」 ウェールズがもう遠くなったニューカッスル城の方角を指差す。 一同は振り返り、そして目にする。 黒い何かが、アルビオンの艦隊と竜騎兵を相手に戦う姿。魔法の光とフォトンの輝き、大砲の発射音が断続的に瞬いている。 「ヒース!!」 ルイズが突然立ち上がって叫んだ。シルフィードの背から落ちそうになったので、慌ててキュルケがその身体を抑える。 「ちょ、ちょっと!?」 「あれは、ヒースなの! 戻して! あそこに行って! お願い!」 「あれが……おじさまですって!?」 キュルケが目を丸くする。ルイズの様子はただ事ではない。 タバサは戦場の様子をじっと見詰めて、冷静に判断を下す。首を、横に振った。 「無理。近付けば戦闘に巻き込まれる」 これだけの荷物を抱えていては、シルフィードでもいつものようには飛べまい。 「使い魔を見捨てるなんて! いや! わたしはいや!」 「あたし達が行って、どうなるってのよ!」 キュルケが説得を続けるも、なおも暴れようとするルイズに、ウェールズが言った。 「落ち着くんだ、ミス・ヴァリエール。要は、彼に我々が脱出したことを知らせられれば良い」 そうすれば、フロウウェンには倒れるまで戦い続ける必要は無くなる。 「で、でもどうやって!?」 「この中に、火のメイジはいるかい?」 「あたしです」 キュルケがそうだと解ると、ウェールズは頷いた。 「では、出来る限り巨大な火球を作って爆発させる。風の魔法で音を増幅させ、あそこまで届かせる。クロムウェルにもこちらの位置を知らせることになるが、その意味までは伝わらない。だが、彼には解るだろう」 「もし、レコン・キスタが追ってきたら?」 「トリステインまで逃げ切れるよう、祈るしかないな」 それでも、手がある以上はやらないわけにはいかない。その点でウェールズとルイズの気持ちは一致していた。 「ツェルプストー……」 ルイズが、縋るような目でキュルケを見る。キュルケは赤い髪をかき上げて答えた。 「わかってるわよ。あたしだって、おじさまを助けたいし、何もしないで逃げるのは性分じゃないんだから」 「タイミングは、キュルケに合わせる。マグの用意」 タバサが言うと、一同は頷いた。ルイズは役に立てないので、自分のマグをウェールズの肩に取り付かせた。 キュルケが両手を掲げて、呪文を唱える。一行の頭上に生まれた火球は見る見る大きくなって、ルイズ達を赤く照らした。 タバサとウェールズ、ジェームズの詠唱がそれに重なる。 キュルケの呪文が完成する。杖を振るって打ち出す。一瞬遅れて三人の風メイジの魔法も完成した。巨大火球が破裂して、大音響を轟かせた。続けざまにキュルケが巨大な火球を打ち出し、炸裂させる。 空気がびりびりと震え、シルフィードとヴェルダンデが身体を竦ませた。 こちら側でこれ程の音量なのだ。指向性を持たせて音量を拡大させた向こうでは、遥かに物凄い轟音を響かせているだろう。戦場まで、きっと届いたはずだ。あとは、フロウウェンが気付いてくれたことを祈るしかない。 一度は巨人の出現により膠着状態が作られたかに思えたが、それは束の間の事で、すぐにレコン・キスタは進撃してきた。 敵は張りぼて。ただのこけおどし。そう全軍に伝達された。 クロムウェルが認めなかったから、まず陸軍にのみ進軍の令が下った。 そして、その判断が間違っていたことを、開戦してすぐに思い知らされる。 巨人は陸軍の矢や魔法の射程外ギリギリを旋回しながら、左手の『弓』で雨あられと光球を振り撒いてきた。光球の正体は一発一発が人の頭ほどの大きさを持つ、超高濃度のフォトン弾だ。 極限まで圧縮されて物理的な破壊力を有している。同じ大きさの岩を絶え間無く投げつけられていると言えば、その威力の程が想像できようか。まるで流星群が降り注いだようだった、と後に一人の傭兵が述懐している。 密集隊形を取っていたレコン・キスタ陸軍には、それを避ける術が無かった。反撃もままならず、ただ一方的に撃ち抜かれて行くだけだ。 地形が岬である為に左右に逃げることはできない。空中を自在に飛び回っているから陣形を立て直すより先に、頭上を悠々と飛び越えていき、あらゆる方向から射撃してくる。 勝ち目が無いと悟り、我先にと逃げ出して押し合いへし合い、突き飛ばし、踏まれ、更に怪我人が続出される。 レコン・キスタの貴族が予想したように、艦隊は陸軍頭上の低空を飛び回るオルガ・フロウへの援護射撃は不可能だった。 しかも、弾丸をばら撒くような大雑把にも見える射撃でありながら、その実、照準は異様なほど精密だった。利き腕か足。それから、兵器や軍馬。それらに優先的に狙いをつけて撃ってくる。 それも当然だ。フロウウェンの戦闘経験に、パイオニア1に僅か三基しか存在しない高性能生体AIの一角、『オル=ガ』による弾道と射角の計算が補助として上乗せされるのだから。 おかげで致死率は低いが、戦闘を続けられない怪我人は短時間で山のように量産された。 それは、オルガ・フロウが狙ったものだ。 対人地雷と同じだ。殺してしまえばそれまでだが、フォトン弾の殺傷力を敢えて弱め、致命傷にならないよう当てることで、怪我人の搬送と治療に人員と時間を割かねばならない状況を作り出す。 戦争は金勘定でもある。資金の調達は国力の疲弊を招くが、順調に勝ち続けられている間は利益の方が大きい。 その点で言うならレコン・キスタは快勝続きで潤沢な資金があった。そうして利益をもたらすから、戦争の強い指導者は民衆に支持されるのである。 だが、治療には物資が、物資を調達するには資金が必要だ。損害が利益を上回れば、民に節制を強いる。それは組織の弱体と指導者が基盤を失う結果を招く。 だからまずは、損害を大きくするように戦って、戦争を続けようという気概そのものを削ぐ。レコン・キスタが掲げるハルキゲニアの統一、聖地の奪還という理想など、実現しなければ絵に描いた餅に過ぎないということを知らしめる。 そうすれば……ルイズにまで戦火は届くまい。 被害が甚大になり始めてようやく竜騎兵が艦隊から出撃してきた。戦力の逐次投入など、愚の骨頂だ。 元より三百の王軍を、五万の軍で圧倒的に揉み潰すなど、トリステインやゲルマニアといった、後に控える国への示威の意味合いか、或いはクロムウェルの自己満足でしかない。 傭兵を中心に構成した陸軍と、遠巻きにした艦砲射撃で事足りると思っていたのだろう。 クロムウェルにとって「予想外の事態」など、この革命戦争が始まってからこちら、一度も無かった。全て『アンドバリ』の指輪の力に頼った出来試合で勝ってきたのだ。 不測の事態を、クロムウェルは知らない。元々ただの一介の司教には戦争の仕方など何一つ解っていない。得意なのは後ろ暗い陰謀だけだ。 だからクロムウェルは作戦を修正するまでに、オルガ・フロウにとっては充分過ぎるほどの時間を与えてしまった。既に陸軍は軍隊としての体裁を保てなくなるほどに叩かれていた。 その点、竜騎兵はオルガ・フロウに対しても有効な戦力であった。慣性を無視した飛行を行うオルガ・フロウ相手では、いかに竜騎兵といえど単騎では勝負にもならないが、数では圧倒的に勝る。 『ファイア・ボール』に『フレイム・ボール』、『ウィンディ・アイシクル』に『ライトニング・クラウド』、『エア・ハンマー』といった多彩な攻撃魔法と竜の灼熱の吐息。オルガ・フロウの放つフォトンの閃光が、空中に乱れ飛んだ。 攻撃魔法やブレスは確かにオルガ・フロウにも有効だった。その内の幾つかは手傷を与えて紫色の体液を飛び散らせる。が、その動きは一向に衰える気配がなかった。 フォトン弾で数騎の竜騎兵を撃墜すると、オルガ・フロウは高空へ上昇し、艦隊の浮かぶ高度に戦闘域を移す。 甲板に控えていたメイジがこの時とばかりに魔法を放つ。巨体ゆえに命中はするが、流れ弾も生まれる。味方の艦や、それに乗っていたメイジに降り注いで、新たな破壊の轟音と悲鳴が広がった。 艦隊の間を自在に縫うように飛ぶオルガ・フロウを、竜騎兵は終始上手く追撃できずにいた。ある艦はすれ違いざまマストを巨大な剣で叩き斬られて航続能力を失くす。 ある艦は船体を下から串刺しにされ、そのまま船体ごと滅茶苦茶に引っ掻き回された。混乱をきたした砲兵が、味方を火線上に置いたまま大砲をぶっ放して同士討ちを起こした。 それでも多勢に無勢だ。積み重ねた攻撃は、少しずつ確実にオルガ・フロウを追い詰めていく。いずれ限界は来る。そんな時だ。 大砲の発射音とは違う大音響が大気を揺らした。二度、三度。 オルガ・フロウがそちらに目をやれば、豆粒のような大きさの竜が一頭、アルビオンを離脱していく所が見えた。 それで、察した。では、自分の役目も終わりだ。 戦いながら、オルガ・フロウは気付いていた。アルビオンの艦隊の一番奥。大軍勢に隠れるように位置する『レキシントン』号の甲板から、網の目のように艦隊全域に広がる、奇妙なフォトンの糸。それがオルガ・フロウの感覚には「見えて」いた。 そこだ。敵は、そこにいる。 机上で、何の痛みも払わずに人の命を駒の様に扱った男。 戦士の領分に土足で踏み込み、彼らの魂をも愚弄した男。 なめるな―――! オルガ・フロウは激情に身を任せて咆哮した。 引き絞られた矢のような速度で、一直線にオルガ・フロウが駆ける。旗艦『レキシントン』号に向かって。 それはアルビオン全艦隊の中央突破を意味する。途端、四方八方から砲弾と魔法の火線が集中し、オルガ・フロウの身体を捉え、炎上させた。 だが、もう回避を考える必要などない。時間を稼ぐ必要もない。だから滅べ。オレも滅ぶ。それで狂った夢は終わりにしよう。 クロムウェルは、それを見ていた。見て、恐怖した。 あの化物は、真っ直ぐに狙いを定め『レキシントン』号へ向かってくる。何故あれだけの艦隊を以ってして、ただの一騎を落とすことができない!? 身体が炎に包まれているのに、何故未だ動く!? 止まらない。ただの一瞬たりともオルガ・フロウは速度を落とさなかった。 オルガ・フロウは見る間に『レキシントン』号に肉薄した。旗艦を砲撃の巻き添えにすることを恐れて、攻撃の手が弱まる。 その意図はただ一つ。すれ違いざまに、『断ち切る』こと―――! 「ひっ!」 クロムウェルは甲板の上で頭を抱えて蹲る。 その頭上を、オルガ・フロウが疾風のような速度で突っ切っていった。 次の瞬間―――レコン・キスタ全軍は大混乱に陥っていた。 オルガ・フロウが『断ち切った』のは『レキシントン』号でもクロムウェルでもない。 『アンドバリ』の指輪から伸びるフォトンの網だ。それを根本からまとめて切り裂いていった。 指輪の統制化から離れた傀儡は、死者へと還る。心と尊厳と名誉を、彼らの身体に還す。 そのまま、オルガ・フロウはフォトンの煌きを放ちながら、アルビオン大陸の内陸部の上空へ上空へと、遥か高く、一直線に飛んでいく。やがて、点のように小さくなってからようやく失速し、黒煙を上げながら墜落していった。 前ページ次ページIDOLA have the immortal servant
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7616.html
前ページ次ページ確率世界のヴァリエール 「それでは学院長、今日の任務に行って参ります!」 午前の授業も終わり、学院長室でルイズが任務前の報告を行う。 「うむ、気をつけてな。 皆にはいつも通りに 『ワシの頼む秘密のお使い』に 行かせた事にしておくからの」 「あのー、、、学院長。 私が授業を休むその言い訳、何か他のになりませんか? 最近みんなが私を同情の目で見るんですけど。 この前なんかモンモランシーが涙を浮かべながら、 「学院長に変な事されて無い?」とか聞いて来てましたし」 「うむ、生徒諸君がワシを何じゃと思っとるのか 一遍ハッキリさせとかんといかん様じゃな。 それはそうとしてじゃ」 オスマンがルイズの体を眺め回す。 「な、何ですか?」 その視線に引き気味になるルイズへ、オスマンが尋ねる。 「始祖の祈祷書はワルド子爵から預かっとるな?」 「はい。 肌身離さず持つように言われましたので」 「それと、アルビオン特別大使の証も持っとるな?」 「水のルビーですね? 姫殿下に頂いてからずっと指に付けてますけど?」 「で、何かこう、変わった感じは無いかの?」 「変わった感じ、、、? いやだ、学院長! 何か猥褻な魔法でもかけてるんじゃないでしょうね!?」 「うむ、ミス・ヴァリエール。 君にもワシを何じゃと思っとるのか 一遍キッチリ聞いとかんといかん様じゃな」 確率世界のヴァリエール - Cats in a Box - 第十話 ============================== 「本当にここなの? シュレ」 砦の中は窓を閉め切り明かりも無く、昼間とは思えぬほど暗かった。 何より人の気配が一切無い。 懐にしまってある手渡すはずの密書を思わず探る。 「だと思うんだけどなあ~」 会議室らしき広く薄暗い空間を眺め回す。 部屋の中央には大きく長いテーブルと、その周りに椅子が置かれている。 天井には、、、何かの横断幕? 「あ」 「ど、どうしたの!? シュ、、」 言いかけてルイズも気付く。 正面の扉の向こうに不意に現れた気配に。 体中の全ての細胞が大音量で警報を鳴らす。 ルイズの全身が総毛だっていく。 途轍もなくヤバいものが、あの向こうに、居る。 「シュレ!」 慌てて使い魔の頭を引き寄せようとすると、扉の向こうから声が響いた。 「まーま、そう急がんでも良かろう?」 扉の向こうの気配に似会わぬ鈴を振るような声と共に、部屋の中に明かりが灯る。 テーブルの上にはワインとグラスが置かれ、天井の横断幕には 『ようこそ! 虚無の魔女殿』と書かれている。 ゆっくりと扉が開く。 扉の向こうに居たのは真っ白な少女だった。 白いスーツ、白いコート、白いマフラーに純白の毛皮の帽子。 黒髪のその少女がにっこりと笑う。 「はっはっは、やっと会えたの」 「うわちゃー、やっぱりアンタだったの?」 顔を引きつらせるシュレディンガーに少女が返す。 「連れない言い方じゃな、シュレディンガー。 この前もわざわざ世界の果てまで行っておきながら とっとと帰りおって」 「あー。 『虚無の地平』で感じたあの気配、 あれってやっぱりアンタだったんだ。 でもアレ? じゃあ、アッチとコッチで二人?」 小首を傾げるシュレディンガーの袖をルイズが引く。 「シュレ、この娘、っていうかこの人って、もしかして、、、」 「そう、僕の、僕らの宿敵だった吸血鬼。 『死の河』さ」 白づくめの少女が優雅に一礼をする。 「お初にお目にかかるの、魔女殿」 その後ろから数人の男が走ってくる。 「シェフィールド殿!」 少女は鬱陶しげに後ろからやってきた男の一人を睨む。 「こ、この娘が?」 球帽をかぶった聖職者風の男がルイズを見つめる。 その後ろには武装した兵士達が控えている。 「無粋なヤツじゃな、クロムウェル。 せっかくの対面に水を差しおって」 「クロムウェルって!」 ルイズが驚きの声を上げる。 「ほお、魔女殿も名前は知っておられたか。 左様、この背の高い変な帽子をかぶった男が レコン・キスタの総司令官、オリヴァー・クロムウェルじゃ。 ん? もう神聖アルビオン共和国の王様なんじゃったっけ?」 「い、いや、まだ、その、、、シェフィールド殿?」 「あっそ。 まーどーでもいーや」 興味なさげに目線を外し、二人に向き直る。 「まあ、せっかく会えたんじゃ。 立ち話もなんじゃし座らんか、ん?」 言いながらワインのビンを手に取る。 「、、この砦に居た人たちをどうしたんですか?」 「そんな小難しい話は置いといて」 問いかけるルイズにワインを注いだグラスを差し出す。 ルイズがシェフィールドと呼ばれた少女を睨みつける。 そしてその後ろに立つ聖職者風の男を。 レコン・キスタ総司令官、クロムウェル。 アルビオン王家の、トリステイン王国の、姫殿下の、そして私の敵。 軽く目を閉じ、目を開く。 ワイングラスをひったくると中身をそのまま飲み干し、 たん! と、テーブルの上に置く。 「この砦に居た人たちをどうしたの!!」 白い少女は眉を上げてにんまりと笑い、ひゅう! と口笛を吹く。 そして楽しげに後ろの男を振り返る。 「クロムウェル、客人にお食事を」 。。 ゚○゚ シュレディンガーが椅子を引き、ルイズが腰掛ける。 対面には白い少女、そして自分の横には使い魔の3人きり。 「安心してくれて良い。 元々この砦には王党派の連中はおらんよ。 どうしても魔女殿に会いたくての」 くすりと少女が笑う。 「良い鴨が手に入っての。 腕を振るうたのは久しぶりじゃがな。 ランチはまだじゃろ?」 「へー、料理出来るの?」 シュレディンガーが軽く驚く。 「当ったり前よ。 期待してくれて良いぞ。 ただ、良いオレンジが手に入らなんでソースの出来は今一つだがの。 そうそう、トリステインには良いオレンジの産地があると聞く。 タルブと言うたか? 今度クロムウェルをもがせにでもやるか」 無言で睨むルイズをよそに、少女がワインを傾ける。 「それにしても随分と変わっちゃってなーい? あのアーカードともあろうものが」 「ふん、まるでルーク・ヴァレンタインの様に、か?」 突然出てきた名前にシュレディンガーが苦く笑う。 「うわ、知ってたの?」 「死の河に取り込まれた際に、この私の血が混じったのだろう。 お主らが何処で何をしておるのか位は何となく判る。 それにな、シュレディンガー。 私は『あのアーカード』では無いよ。 アーカードであってアーカードでない。 しかしアーカードそのものとも言える。 なにせ、、、」 アーカードがグラスを置く。 「私の中には、あの人間好きで狗嫌いの ツンデレのヒゲ親父はおらんからのう。 お前と同じよ、シュレディンガー。 全てが溶け合い混ざり合う境目の無い世界から 『私』だけが切り取られ、『私』だけが呼び出された。 世界の果てを漂う死の河から、此方へな」 「アーカード? アンタって一体、、、」 シュレディンガーがしばし言葉を失う。 「言うたとおりさ。 神を信じる余りに神を裏切り化物と成り果てたあの狂王は、 永い永い時の中で、幾千幾万の命と同化を続けるその内に、 永い永い時の中で、幾千幾万の記憶と魂に犯され、蝕まれ、 そもそもの自分自身すらも無くしかけた。 その時に、狂王に代わり死の河を統べる為に死の河より生まれたもの。 それこそが青年の姿を持つ『あの私』であり、少女の姿を持つ『この私』だ。 伯爵と呼ばれたその化物を打ち倒したヘルシング卿は 自らの打ち倒した化物の中にあの私やこの私を見出し、 それらの持つ力を拘束制御術式【クロムウェル】と名づけ、 そして百年をかけて作り上げていったのじゃ。 吸血鬼アーカードをな。 そのアーカードの中から切り取られ召喚されたのが 『この私』だ」 「じゃあ、こちらに呼び出されたアーカードは ええと、つまり、その、ロリカードだけって事?」 シュレディンガーが眉をしかめ腕を組む。 「誰がロリカードじゃ。 だがまあそういう事だ。 この私の中にはあの串刺し公ヴラド・ツェペシュも あの吸血鬼ドラキュラ伯爵も居らん。 それらは今も世界の果てを漂っておる。 この世界にこの身一つで召喚され、シェフィールドという名を 与えられた死の河の切れはし、 今の私はただそれだけに過ぎん」 「あの変な帽子に?」 「あの変な帽子は私のメシ当番に過ぎん。 わしを呼んだのはムサくてヒネこびた青髭のおっさんじゃ」 吸血鬼がため息をつく。 「私はそんなおっさんに呼び出されたと言うのに。 全くお前が羨ましい。 シュレディンガー」 それまで黙って話を聞いていたルイズに目を向ける。 「幼いながら大層なご活躍よの。 アルビオンの戦艦を落としも落としたり21隻。 おかげでレコン・キスタは北方の制空権を失って昔ながらの陣取りゲーム。 戦線より向こうの反乱蜂起を治めることもままならん。 火薬庫や鉱山もあっちこっち潰されて弾薬不足の物不足。 スカボローは連絡不通になって久しく、ダータルネスも時間の問題。 正規軍は二万近くもの欠員を出し、傭兵の賃金はうなぎのぼり。 戦場稼ぎどもは大喜びじゃろうのう。 南は南で「アルビオン解放戦線」のゲリラが 農民を中心に勢力を拡大するカトリック信者と手を結んで あの変な帽子が苦心してかけた洗脳をはしから解いて回る始末。 野火は南端の軍港ロサイスに迫る勢い。 今やこの浮き島は、あっちもこっちも死体の山じゃ。 いやはや、全く見事なお手前で」 「当然よ」 自分のもたらした戦火と被害が頭をよぎるが、 それでもその声は平静を保っている。 「レコン・キスタは、私の主の敵だもの! 主の敵を打ち倒すこと。 それこそが貴族の務めよ」 「ほう」 嬉しげににんまりと頬を上げる。 「あ奴の言うたとおりか。 幼いながら、は失礼であったの。 お詫びしよう、虚無の魔女殿」 軽く頭を下げ、ルイズの瞳を覗き込む。 「実にいい目をしておる。 世界の果てで覗いてきたのであろう? 虚無の深遠を」 ルイズの瞳の中に果ての無い闇が映りこむ。 「顕現しつつあるな、お主の中の虚無が。 成程、担い手に相応しい」 「担い手? 何の話!?」 睨み返しつつ、ルイズがアーカードに聞き返す。 「こちらの話さ。 それよりどうじゃ? 魔女殿。 この私を 使い魔 にしてみんか?」 「、、、、、。 はああ゛!?」 「なに、使い魔を2匹持ってはいかんという法もあるまい。 わしとしてもあんなおっさんよりお主の方が面白そうじゃ。 そもそもあのおっさんとは契約とやらもしとらんしの」 突然の展開に一人と一匹がうろたえる。 「ちょ、アーカード!?」 「なな、何言ってんのよ! アンタ私の敵でしょ!」 「え? 知らんよ? ワタシここにお呼ばれしとるだけで レコン・キスタとかじゃないですもの」 「じゃないですもの、じゃなくって!」 「んー、じゃあの」 アーカードがゆっくりとその手を差し出す。 「お主が私になる、というのはどうだ?」 その目が優しくルイズを見つめる。 その心の奥底を。 「私は吸血鬼だ。 だが吸血鬼たり得ない。 人から化物に成り果てたモノではなく、 人から切り離されたモノに過ぎぬからだ。 だからこそ、人が愛おしい。 だからこそ、人を知りたい」 アーカードの瞳が、ルイズ自身をとろとろと飲み込んでいく。 「私となれ。 私の力を与えよう。 夜を統べる力を。 死を統べる力を。 血を統べる力の全てを。 あの狂王のように、あの男にしたように。 私はお前を選ぼう。 だからお前は私を選べ。 私と一つになり、この御座に座れ。 そしてお前を教えてくれ。 私となれ、ルイズ。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「私は、」 血の匂いが部屋に満ちてゆく。 あれほど渇望した「力」が今、目の前にある。 甘やかなその匂いに誘われるように、 ルイズはゆっくりと自らの手を伸ばす。 「私は、、、」 「駄目! ルイズ!!」 シュレディンガーが叫んだその時。 閉ざされていた扉が開け放たれ、十数人の兵士達が 部屋の中になだれ込み、テーブルの三人を囲む。 「シェフィールド殿」 怯えと、しかし決意のこもった声が響く。 兵達の向こうからクロムウェルが進み出る。 「今回ばかりはあなたに従う事は出来ません。 そこにいる虚無の魔女は、我らの悲願を妨げる者。 あなたには悪いが、今、この場で、禍根を断たせて頂く」 青ざめた顔で告げると、己の右手を振り上げる。 ゴズンッ。 突然に響いた低い金属音に、アーカードを除く全員の視線が集まった。 兵士の一人が宙に浮いている。 がらんっ、と音がして兜が床に落ち、不思議そうな表情をした顔が現れた。 兵士は自分の腹から生えた黒く細い棒のような物を見つめている。 それは床から伸びていて、自分の背中を刺し貫き天井を砕いていた。 何かを喋ろうとして、替わりにごぽり、と血の泡を口から溢れさせた。 「クロ~ムウェ~ル?」 椅子に座ったままのアーカードが首だけをかくりと後ろへ倒し、 何が起こったのかを理解できていない球帽の男へ目をやった。 椅子越しにさかさまになった少女のその頭からは黒髪がこぼれ、 串刺しになった男の下へと伸びている。 そして、他の兵士達の足元にも。 「私は客人の食事を持って来い、と言うたんじゃぞ? 私の食事を持ってきてどーする」 兵士の数だけの金属音と、悲鳴が響いた。 断末魔と、血の滴る音が部屋を包む。 「三度は言わんぞ? クロムウェル」 出来の悪い生徒に語りかける様に、呆れ顔で短く告げる。 クロムウェルはぺたんとその場に座り込むと、 蚊の鳴くような悲鳴を上げてずるずると廊下の向こうに消えていく。 兵士達の死体は影の中に飲み込まれ、消えた。 しかし穿たれた天井から落ちる石片と、何より部屋に立ち込める 濃密な血と臓腑の臭気が、今の出来事が現実だと告げている。 アーカードが席を立ち、ルイズへ歩み寄る。 「はっはっは、おっちょこちょいな奴でのう」 「貴方は私の敵よ、アーカード」 席を立ったルイズが、アーカードを見据える。 「貴方を私の使い魔になんてしない。 私は貴方と一つになんてならない。 レコン・キスタもウェールズ様も姫殿下も関係ない。 貴方は私の敵よ、アーカード」 「ほう、それは残念」 満足げな顔でアーカードが言う。 「そうか。 そうなのか。 お前がこの私を、打ち倒してくれるのか」 一歩。 一歩。 吸血鬼がルイズへ歩み寄る。 部屋の中に灯された明かりが、広がる影に殺される。 目の前の吸血鬼が、部屋に広がる闇そのものとなっていく。 「ええ。 その通りよ。 私が貴方を打ち倒すわ、吸血鬼(ヴァンパイア)」 飲まれず、逸らさず。 目の前に立ったアーカードの視線を ルイズは真正面から受け止める。 ふっ、と。 アーカードが目を閉じ軽い笑みを浮かべる。 闇の気配が薄らいでゆく。 「そうか、 それは楽しみだ。 とてもとても楽しみだ」 アーカードがうっとりと、楽しげにつぶやく。 その視線はルイズを見つめながらも、 遥か先へと向けられていた。 「ではその時を、 再び戦場でまみえるその時を楽しみに待つとしよう。 こんな借り物の闘争なぞでない。 私とお主との戦場(いくさば)でな、 虚無の魔女殿」 そう言うとアーカードはきびすを返し、 扉をくぐると廊下の先の闇へと溶けていった。 ルイズに差し出していたその手を背中越しに掲げて。 闇に消え入るその後姿をルイズは見送り、 シュレディンガーはにんまりと主人の横顔を見つめた。 「シュレ、、、」 気配の消えた廊下の先をじっと見つめたまま、 ルイズがシュレディンガーの袖口を掴む。 「うん! ルイズ」 シュレディンガーが誇らしげに返事をする。 「ぶふぇああ゛あ゛ぁぁ~~!!」 肺に溜まった空気を吐き出し、ルイズがその場にへたり込む。 「ごわ゛がったああ~~!」 「はいはい、よく頑張ったね~。 えらいえらい!」 シュレディンガーがニコニコとその頭をなでる。 座り込み、床を見つめたままルイズがつぶやく。 「シュレ、わたし、、強くなりたい」 その手を握り返し、シュレディンガーが応える。 「なれるよ、もちろん。 だって、ルイズはルイズだもの!」 。。 ゚○゚ 前ページ次ページ確率世界のヴァリエール